2017年05月10日

中川聰監修・日経デザイン編『ユニバーサルデザインの教科書 増補改訂版』日経BP社 三〇〇〇円+税



 バリアフリーという言葉は知っているだろう。障害の壁(バリア)をなくしていこうという考え方だ。ちょっと前だが、うちの爺さんが脳梗塞で左半身が麻痺してしまった。それまで元気にバリバリ働いていた人だったのでよほどショックだったのだろう。
「もう俺もおしまいだ。一人前には働けねぇ」とぼやいていた。それまでは障害のある人などにはけっこう無神経な発言なんかもしていた爺さんだったが、自分が障害者になってしまったもので、落ち込んでしまったんだな。
 ところが、それから数ヶ月して訪ねてみたらすっかり元気を回復していた。
「おう、これからはな、バリアフリーだぜ」
 どうやら家の大改修をしたというのだ。なるほど玄関先には手すりが設置されていた。タクシーを降りたところからそれにすがれば家にたどり着けるというわけだ。玄関前の階段もなくなってスロープになっていた。家に入るとその手すりは至る所に設置されている。部屋と部屋の境目にあった小さなでこぼこもなくなって家中の床が真っ平らになっていた。
「茶でも淹れよう」
「あ、僕がやるよ」
「けっ、茶くらい淹れられるよ」
 爺さんは卓上のポットから急須に湯を注いだ。
「こいつは便利だぜ」
 その急須は初めて見るもので把(は)(取っ手の部分)がやたらと大きい。
「こいつは持ちやすくてね、わしは右利きだから脳梗塞の後遺症で左がダメになってもなんとかできるんだが、それでも片方が動かないというのはバランスが悪いもんだ。その点こいつは安心して持てるというものよ」
 思わず関心して爺さんの手先を見ていた。注がれる先の湯飲みもドデンと重心が低いカップだった。そしてやはりハンドル(持つところ)が大きく指が四本は入りそうな形状である。
「隣の婆さんはなその右手を捻挫してだな、えらい難儀しておった。で、な。こいつを教えてやったら、それはそれは大喜びでよ、ほら、これがその礼にもろうた糠漬けじゃ。茶請けによかろう。」
「年寄りに便利な時代になったんかいね」
と適当に相づちを打ったら、ムッとした声が返ってきた。
「なんや、知らんのか。ユニバーサルデザインというてな、年寄りや障害者だけのものじゃないとよ。誰でも公平に使えるという原則がある」
「へぇぇ」
「世の中にはいろんな人がいるからな。たとえばおまえさんは外国に行ったことがあるだろう?」
「ああ、もちろん」
「外国でトイレを探すときはどうしてるね?」
「・・・・」
「字のわからない国の場合なんかどうね、タイとか、ラオスとか」
「ああ、あれは困るな。台湾で往生した」
「台湾は問題なかろう、漢字圏だし」
「いや、その漢字が読めなかったのさ、何やら難しい漢字でね」
「おお、舊字軆というやつだな。それで臺灣とでも書いてあったんだろう」
「そうだよ」
「あああ、情けねぇ。そんな程度の字も読めないのかいい年をしてよ、まあいい、そういうときにはどうすんだ?」
「こういうマークを探すよ」





「それさ、字が読めなくてもそれでわかる。そのマークがあれば非識字者ばかりでなく外国人や子どもにもわかりやすい。わしは足にマヒが来たもんだから階段がダメになってな、最近はエレベーターばっかり使うとる。だけど、疲れたときはおまえさんも使うだろう」
「ああ、そうだね」
「それにだ。階を示すボタンね。近頃は低いところにもボタンがついているだろう?」
「車椅子用のだね」
「いやちがう。荷物を両手に持っているときなんか手が挙がらないからあのボタンを使うんじゃないのか」
「そういえばそうだ」
「つまり、誰でも便利ということなのだよ。それがユニバーサルデザインというものなのだ」
「へぇぇ、そうなんだ」
「これからの世の中はよ、何でもユニバーサルデザインで作られることになるだろうよ。パソコンだってキーボードが苦手な人でもタッチパネルでいけるだろう。〈障害のある人が使えるために〉ではなく〈誰でも平等に使えるために〉という発想の転換をしなくちゃいかんのだな」
「そういえば僕の学校も障害を持った子をどうするかとか、外国人の子どもにどう対応するかという議論をしてたけど,発想の転換をする必要があるね」
「そうよ、それにはきちんとしたやり方がある。こいつをやるから基礎から勉強するんだな」
 爺さんは真四角でちょいと重たい本を本棚から出すと僕にほうった。
『ユニバーサルデザインの教科書 増補改訂版』というタイトルの本だった。ぱらぱらとめくると資料編、基礎編、実践編、応用編からなっていて、端に色がついているからすぐにそこを開ける。まずは冒頭の資料編を見る。一覧表が載っていた。PPP(Product Performance Program)とある。どうやらユニバーサルデザインのガイドラインらしい。これを見ると爺さん言いたかったことがよくわかる。
「ちょいと勉強させてもらうわ、ありがとう」
 そう言って僕はそそくさと席を立つことにした。学校をUD化しようという野望を抱えて。


☆☆☆☆ 何しろ教科書と銘打ってあるだけにユニバーサルデザインの技法が丁寧に描かれている。これからはUDだ。
 
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眞嶋亜有『「肌色」の憂鬱 近代日本の人種体験』中央公論新社 二三〇〇円+税



 ヘイトスピーチが特定の民族に対する憎悪に基づくものならば、その根底にはレイシズムというものが存在している。そして、そのレイシズムはもとより白人社会においては有色人種とされるわれわれに向かっているものなのであった。しかし、現在ではアンチ・レイシズムを標榜する団体に言わせれば肌の色や民族、家系など「あらゆる出生による属性を対象とした差別」(People's Front of Anti Racismのホームページ)を指すものらしい。その意味ではいわゆる人種差別のみならず、在日コリアンに対するヘイト・スピーチも、部落差別もレイシズムという括りに入るものだと考えていいようだ。
 しかし、われわれ日本人の心性にとって微妙なのは西洋人に対する身体的コンプレックスという問題だ。日本が明治維新を経てアジアの大国たらんとした時に出会ったのは肌の色であったのではないか。
 内村鑑三という人を知っているだろう。『余は如何にして基督信徒となりし乎』、『代表的日本人』(いずれも岩波文庫にあり)などの著作がある近代日本の思想家である。本書ではまず内村が引き合いに出される。読者諸氏も手元のパソコンで「内村鑑三」を検索してみるといい。そこでヒットする彼の肖像はみな日本人離れした風貌であることを確認するにちがいない。
 それは内村にとってはかなり自覚的な行為だったというのだ。日本の近代はそのような意識によって始まったのかもしれない。肌の色、背の高さといったいわば人種的な特徴を織り込んだ複雑な心性が歴史の中で醸成され、日本人の世界認識を形成していったとも考えられる。
 例えば夏目漱石。彼は内村のように背は高くなかった。彼はロンドンに留学した体験を持つが、彼にとってその留学生活は相当に不愉快で惨めな体験をした日々であったと言われる。それは世界の一等国に成り上がったはずの日本の不安そのものであったという。さらには日本が日独伊の三国同盟を結んだことも、人種という大きな矛盾を抱え込んでいたのである。なにしろナチという史上最悪のレイシストと彼らが侮蔑してやまない「黄色人種」の日本人が同盟を結んだのであるから。尤も、現代でもナチにあこがれ、ヒトラーに共感する日本人がいるらしいが、その人たちは自分が白人社会で差別される存在であることを知っているのだろうか。
 一方で、欧米社会では如何に同じ黄色人種である中国人とちがうかを強調しなければならず、そのような屈折した経験を日本のから留学したエリートたちは西洋と接触するたびに体験していたのである。
 そして最終的にその差を見せつけたのが戦後直後の天皇とマッカーサーとの会見写真であろう。この有名な写真は日本国民に敗戦という現実を物理的に示してくれたものであったと言ってもよいだろう。
 本書はハーバード大学ライシャワー日本研究所に籍を置く若い研究者によって書かれた著作である。アジアでいち早く近代化を推し進め、西洋の強国、大国と肩を並べようして無理をした日本人の、そしてその返す刀でアジアの人々を差別してきた日本人の倒錯したレイシズムの構造が垣間見えてくるのである。
 われわれは単に「差別はいけない」という以前に差別の背後にある「肌の色」とその歴史を読み解く必要があるだろう。まさしく近代日本人にとって、西洋化を目指すには「肌色」は憂鬱以外のなにものでもなかっただろう。それは今でも続いているのではないだろうか。その裏返しの心性が日本におけるレイシズムとして朝鮮学校の襲撃やら、ヘイトスピーチやらに反映しているとすれば、この本は絶対に読んでおかなければならないだろう。民族差別、人種差別(肌の色差別)の愚かさを一口に言うのは簡単だが、それはかなり屈折した歴史に依って作られてきたのだということが、何ともおもしろい。われわれがレイシストであることじたいが滑稽なのだと理解したいものだ。

☆☆☆☆ ラドヤード・キプリング、エルヴィン・ベルツ、ジョルジュ・ヴィゴー、ラフカディオ・ハーンといった近代史における親日家をご存知だろうか。彼らは日本人並みの身長であったらしく、それが彼らにとってそれなりに意味があったということも書いてあった。いやはや人間はフクザツなものだ。
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中村一成『ルポ 京都朝鮮学校襲撃事件 〈ヘイトクライム〉に抗して』岩波書店 一八〇〇円+税


 過去にどんな理由があれ、現在どういう理由があれ、人間がその場所に住んでいるということは誰からも非難されるべきことではない。われわれもまたこの国を離れ、異国で暮らすことがあるかもしれないし、われわれの子孫がそうなる可能性も多々あるだろう。実際、日系人と呼ばれる日本人の血を引く人たちは世界の各地に住み着き、そこでコミュニティを作って暮らしている場合もあるし、異国の社会の中に溶け込んで暮らしている人もある。そうした同胞がどのようにその社会で受け入れられているかどうかは気になるところである。外国に行ったことのある人ならば自分がそこではマイノリティ、つまりは少数派であることを実感したことがあるにちがいない。もし、日本人である、ないしは日本人の血を引いているからといって罵詈雑言を浴びせられたとしたらどのような思いをするであろうか。それはちょっとした想像力の問題である。
 日本において在日コリアンの存在は大きい。歴史的経緯はさておき、彼らはすでに日本社会の一部を構成していることはまちがいない。そしてこの国で在日コリアンに生まれるということも、もはや本人の意思を超えて一つの運命に過ぎないことなのである。私たちが何処でどういう条件のもとで生まれ、育つかは本人の責任ではまったくないのである。そうであるにもかかわらず在日であるからといって譏りを受けるのは理不尽以外のなにものでもないであろう。同時にそのことだけで在日の人たちを誹謗する人たちもなんとも哀れな人たちではないだろうか。
 それはさておき、突然子どもたちが通っている学校に居丈高な連中が街宣車で押し寄せ、理不尽な誹謗中傷、罵詈雑言の類いを投げつけ、暴力的な振る舞いを見せつけ、徒党を組んで威圧的な示威行為をしたとすれば、私たちはどうすればいいのだろうか。マジョリティ(多数派)の側にいれば、自分の問題ではないから同情以上のものを引き出すことはできないかもしれない。しかし、少し想像力を働かせれば、自分が異国で少数派として罵られることがどんなに楽しくないことかはわかるだろう。それがわからないのならば、本書を読むといい。
 二〇〇九年十二月四日午後、突如「在日特権を許さない市民の会(在特会)」と「主権回復を目指す会(主権会)」という人たちが京都朝鮮第一初級学校を襲撃した。本書はこの京都朝鮮学校襲撃事件を徹底的に取材したルポルタージュだ。
 この国のマイノリティとして、この国のマジョリティとたたかうことの難しさが描かれていく。マイノリティであるということは警察や行政が決して味方にはなってくれないことを意味する。彼らは中立公正という立場に逃げ込み、弱者を守るというスタンスには決して立たない。
 裁判の結果にかかわらず着実にヘイトクライムを遂行した連中の要求は具体的にかなっていくのである。ヘイトスピーチは表現の自由の名のもとに黙認され、それまで使用していた公園からは排除されるようになり、関係者は疲れ果て、ついに学校は閉鎖・移転という結末を迎えたのである。マイノリティにとっては法律も権利も言動も何一つとっても平等ではないことがわかってくるのである。
 その意味で、是非ともマイノリティの立場で問題を受け止めることの意味を本書から酌み取って欲しい。

☆☆☆☆ この国が人間らしい生活をすることができる国ならば、きっと子どもたちはこの国を好きになるだろう。しかし、人間が人間を侮蔑し、罵り、人間の尊厳はおろか存在すら否定するような暴言を公然と叩きつけるということが行われ、そのような行為が黙認されるとすれば、それはあまりに悲しいことであるし、そのようなことがまかり通る国を好きになることなどできないだろう。その意味ではこの事件を引き起こした人たちはこの国の恥だと言ってもいい。しかし、彼らはこの国の法律に守られて彼らは今日もヘイトスピーチを吐き続けているのである。

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南野森+内山奈月『憲法主義』PHP研究所 一二〇〇円+税

南野森+内山奈月『憲法主義』PHP研究所 一二〇〇円+税

 お堅い名前の本だけど、憲法が変わるかもしれない今日この頃、日本国憲法とはどういうものかという知識ぐらいは知っておきたいものよね。おそらく憲法改正に賛成する人も反対する人も、議論の前に〈憲法とは何か〉というキホンは知っておいた方がいいと思うわ。九条がどうこういうのが憲法問題じゃなくて、もっと深刻な問題が起きるような気がしてしかたないのね、あたしは。
 にしてもよ、南野センセイって九大の憲法学のセンセイでしょ。あたしは知っている。けっこうイケメンのセンセイよね。えっ!ちがうの?あれは、あっそうよ、この人(いま慌てて本をめくってご尊顔を確認)でまちがいないわ。いつもはネクタイなんかしてないからちょっと別人に見えるけど、ほら、イケメンじゃない。
 でもね、共著になっている内山奈月ってのはあたし知らない。で、誰かと思ったら、なんとAKB48のメンバーなんだって。へぇぇぇ、だね。あんなチャラチャラしたアキバ系のタレントなんて関心ないからね、あたしは。なにしろ教育一筋のカタブツなんだから。
 にしてもよ、なんでAKBのタレントが憲法なのかしら。って、ぱらぱらページをめくると、あらら…この娘日本国憲法をそらんじて言えるんだって。まあ、若いんだから、暗記くらいできるわよね。昔、インスタント・ラーメンの名前を全部言える芸人がいたけど、あんなもんかしらね。
 という偏見でもって、読み始めましょうか。この本は南野センセイが内田奈月ちゃんに講義をするという形で書かれているのね。まずは目次を見ましょう。「第1講 憲法とは何か?」、そうね、順当なところね。憲法ってどういうものだか、実は知らない人がけっこういるのよ。いちばん大切な法律だとか。法律の親玉だとかいう程度の理解しかしてない人って多いからね。そして「第2講 人権と立憲主義」、そうそう人権は憲法で決めてあるんだったわ。れれれ、「第3講 国民主権と選挙」、そうよ、これが近頃の若者にはわかってないのよね。それで「第4講 内閣と違憲審査制」、うーん、違憲判決とかいうやつね。そして最後が「第5講 憲法の変化と未来」か、9条とか集団的自衛権なんかが書いてあるのね。
 うん、読んでみるとすごくわかりやすい。この講義をしたときは内山奈月さんはまだ高校生なんだ。その高校生に大学の憲法のセンセイが講義するんだけど、この内山さん、高校生とはいえ賢い。南野センセイの質問にきっちり答えているし、それも的確ぅ!あたし見直したわ。そして南野センセイの講義もわかりやすい。て言うか、講義というより授業してんのね。二人で対話しながら憲法について理解を深めていく感じ。なんか一緒にあたしも授業に参加しているみたいで楽しいし、けっこう質の高い憲法の知識がすっと頭に入ってくるわ。これって南野センセイのワザもあるけど、奈月さんの受け答えがいいから、授業が成立するのね。彼女賢い!好きになっちゃった。
 それと講義のあとの奈月さんのレポートっていうの?あれがよくできていてこっちも勉強になるわ。あっという間に読んじゃったけど、憲法についてはしっかり勉強した感じ。ていうか大学で学ぶ程度の憲法学の素養は身についたって気がする。絶対にお薦めね。

☆☆☆☆ これって大学生はもちろん、中学生や高校生の教材にもいいかもしれない。それより、教員自身がきっちりこの本で勉強して、憲法について学ばなくっちゃ。だって人権の基本なんだものね。


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ヨーコ・カワシマ・ワトキンズ著『竹林はるか遠く』ハート出版 一五〇〇円+税



 戦争体験というのはだんだん希薄化してきます。それはそうです、戦後七〇年近く経ったのですから。あれから七〇年近く戦争をしていないこの国の人々の記憶にはもう戦争体験は残っていませんよね。確かに私たちは平和教育を通して日本のアジア侵略や広島・長崎の原爆や、沖縄戦や、空襲などについて学んできたし、教えてきたのだと思います。でも私たちにとって、戦争はだんだん遠い昔のものになっていきます。子どもたちにとってはなおさらでしょう。だけど、現在も世界中のあちこちが戦争状態になっているのです。いったん戦争になったらそれがどんなに残酷なものであるのかということを私たちは知っておかなくちゃなりませぬ。そのためにはもっとたくさんの戦争の恐ろしさ、哀しさ、酷さを知っておくことが必要でしょう。もうすぐこの国は戦争を始めるかもしれません。その時に後悔しないように私たちは戦争、というより国際紛争が私たち自身の身にもたらすであろう災厄について知っておいた方がいいだろうと思います。
 戦争は土地と利権の奪い合いです。いくらきれい事を言ってもそうであることにちがいはありません。戦争によって他の国の土地を自分の国のものにして、そこに国民を住まわせ、その土地が他国に取り戻されれば住みついた国民はたちまち難民と化していくことになります。そういう難民が世界中にあふれかえっているのまちがいなく現在の世界の実状です。
 難民という人たちの存在は遠い国のことのように思っているのかもしれませんが、震災のような自然災害で一時的に住む家を奪われる人たちがいることは私たち日本に住む人間には現実的に自分たちの周辺で起きていることですから、理解はできるのかもしれません。それでも震災の被害から立ち直れない人々がまだ数多く残されていることに思いをいたすならば、幾分かの想像はつくのかもしれません。
 だけど、です。戦争は相手の国があることで成り立ちます。そして戦争は軍隊と軍隊との間で行われるものです。軍隊はそれぞれの国民を護るために存在するはずなのです。ところが、戦争が終わったあとには軍隊はありません。
 戦争と侵略は国境線のせめぎあいであり、戦局が転換すれば、そこは住む権利を失ってしまう場所になってしまいます。満洲、朝鮮半島、台湾・・・・・、敗戦までに日本が占領していた地域に多くの日本人が暮らしていました。その土地にそれぞれの事情で棲み着くようになり、またその土地で生をうけた人々も多かったと思います。戦争が終わったあと、この人たちにはなにが起こったのでしょう。
 夜の明けの空の轟音ソ連軍の艦砲射撃は耳をつんざく       寺澤小雪子
 「すみやかにもと居た街に戻りなさい」マイクを通す日本語流暢
(『北限』87 二〇〇七年十一月)
 散りぢりの家族の安否思ひつつ行く先不明の夜の避難路 寺澤小雪子
 樺太の思ひ出抱き乗船す心残りは波間に消えず
(『北限』75 二〇〇五年十一月)
 この方はおそらくは樺太で終戦を迎え、そして引き揚げてきた人なのでしょうか。その記憶を六〇年を過ぎてから歌に詠んでいるのです。しばしば思い出したように。おそらくは誰も護ってくれないという恐怖が身に染みついたのでないかと思います。
 本書は一九四五年という年に朝鮮北部羅南に住んでいた一人の少女擁子の旧植民地朝鮮からの脱出の記録なのです。その年の七月二十九日にこの脱出の物語は始まります。擁子は母と姉の女三人で脱出の途につくのです。父や兄と一緒に逃げることはできませんでした。突然の脱出行に家族を待つ時間はなかったのです。着の身着のままに日本へ日本へと逃げていく彼女たちをさまざまな試煉が襲います。国家に護られないということがどんなに心細いことか。擁子たちは必死の思いで日本に辿り着きますが、そこでもまた試煉が待っていたのです。一方、擁子の兄もまた、一人で日本をめざしていました。兄もまた生命の危機にさらされながら、単独で日本へ帰ろうとするのです。
 この脱出はさまざまな問題を含んでいます。それまで生活していた土地が他国のものになる。いや、もとい他国の土地に住んでいたのですから、他国に取り戻された土地であり、そこにソ連軍のような新しい武装権力が侵入してくるわけですから、状況は単純ではありません。暴力そのものに正義も悪も色づけはできません。暴力は受ける側からすればそれは恐怖以外の何者でもありません。そしてそれが戦争であり、その戦争が突然攻守逆転したようなものです。そこでは暴力に乗ずる人間、それはかつての日本人の姿であったことでしょう。そして暴力を嫌悪し、暴力から護ってくれる人たちも出てきます。もちろんかつての日本人にもやさしい心を持った人はいたはずです。そういう個々人のやさしさに救われて生還することはできたのですが、そうした出会いのなかった人は無惨な結末を迎えたのだろうと思います。
 戦争という極限状況の中で生き延びた人間の恐怖を思えば、戦争はそれ自体が悪だと言えるでしょう。それはまちがいありません。この本をどう読むのかはみなさんそれぞれの問題ですが、こういうことがあったということは絶対に知っておかなければならないことだと思います。
 著者は後にアメリカ人と結婚し、米国に住んでいます。そんなこともあって、本書は英語で書かれ、アメリカの中学生のための副読本として読まれたと言います。アメリカの中学生がこの本からなにを学んだのかはわかりませんが、日本の中学生がこの本から学ぶことは多いと思います。
 ところで同じハート出版から、清水徹『忘却のための記憶―1945~1946恐怖の朝鮮半島』(一六〇〇円+税)という本も出ています。こちらは当時羅南中学の生徒だった少年の脱出の記録です。全く同じ地域から逃げ出してきた人の記録ですから、併せて読むとますます戦後の引き揚げのすさまじさがわかることでしょう。


☆☆☆☆ 戦争には始めがあれば終わりもあります。そして戦後もあります。戦争の悲劇はどの場面にもついて回ります。それはいつの時代だって変わりません。そして今も世界のあちこちで同じことが繰り返され、また日本もそうならない保証はありません。そうならないために私たちには何ができるのでしょうか。



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