2017年05月10日

菅野完『日本会議の研究』扶桑社新書 八〇〇円+税

菅野完『日本会議の研究』扶桑社新書 八〇〇円+税


 この本が出たとき、あたしはいつものようにネットの量販店で買おうとしたのね。そうしたらなんと二九九九円とかいうお値段がついてたのね。定価八〇〇円の新書ですよぉ~。ありえないお値段でしょ。それというのも、この本が売れている、品切れだ、印刷が追いつかない、みたいなことが新聞だったか、テレビだったかで騒いでいたから、ほれ、この書評欄のこともあるでしょ。すぐに注文しようとしたらまさに品薄状態だったのね。二九九九円といえばほぼ三〇〇〇円よ、足下を見られたってこういう感じね。にしてもよ、新書本でこの値段、それはないでしょ。
 でもね、SNSのお友だちでマジでその値段で買った人がいたわ。
「その値段でお買いになったの?」ってお聞きしたら、
「情報はスピードが命です。値段には代えられません」
ですって。
 あたしは、一呼吸おいて別のネット通販で見つけた。二週間くらいかかったけれど、定価で買えたわ。
 こんな前置き長々と書いたのはそれだけ社会現象だったからよ。社会現象になったのはそれだけ多くの人がこの組織について知りたかったからなのね。この組織、そう日本会議よ。
 この本が出てから選挙があって安倍内閣が再び再編成して発足したけど、また日本会議のメンバーが増えたっていうことじゃない。安倍首相はじめ、閣僚の大半と言ってもいいくらいの人が日本会議国会議員懇談会のメンバーなのね。それだけじゃない。民進党、維新なんたらの野党にもメンバーがいるというすごい組織ね。
 ということはこの日本会議が事実上日本の政治、というより、このところ右傾化していると言われる日本の社会を動かしていると言ってもいいわけよ。そのわりにこの日本会議を誰が作ったどういう組織なのか、誰も知らないのよね。
「気づかなかった」
「怪しい」
「名前からして公的な組織かなあ」
「右翼団体かも」
「政党ではないだろうし」とかなんとか…
 邪推と憶測だけは広まっていたようなんだけど、実体はよくわからない。ただ、保守派というより安倍政権に浸食している右寄りの組織だということだけは想像がつくでしょ。
 で、この本が出たとたん、日本会議は発行元の扶桑社に出版停止の要求を申し入れたのね。国家権力に近い組織が民間企業に恫喝まがい(出版停止ってそういうことよね)の申し入れをするって、最近多いような気がするのはあたしだけかしら。で、おもしろいことにこの扶桑社はご存知のようにフジ・産経グループの「右」系の出版社で例の「つくる会」の教科書なんかも出していた会社なのね。それもあって世間の卑俗な興味を煽って市場価格が暴騰したということかな。
 ねっ、それだけで読んでみたくなるよね。腰巻き(本に巻いてある帯のことをそう呼ぶ)の表には
 「右傾化」の
     淵源は
  どこなのか?
 「日本会議」
    とは
  何なのか?
 と大文字のコピーが目を引く
 裏側には
  市民運動が嘲笑の対象にさえなった
  80年代以降の日本で、
  めげずに、愚直に、地道に、
  そして極めて民主的な、
  市民運動の王道を歩んできた
  「一群の人々」によって
  日本の民主主義は
  殺されるだろう―
と、挑発的で謎めいたキャッチコピーに惹かれないわけがない。
 で、読んでみるとこれが面白い。まるで推理小説を読んでいくような
 ネタバレになるから慎重に書くよ。なんせ推理小説みたいなんだから。
 まずは日本会議とは何かを概述したあと、歴史をざざっと遡る。遡っていくとあの一九六〇年代後半の学生運動に行き着くのよ。しかも、その種子は九州で芽を吹いているんだから、驚きでしょ。そして「元号法制化運動」を始めたのが日本会議の原点らしいのね。それ以上は教えない。だってとてもスリリングな謎解きなんだから。
 それから日本会議の戦略が語られる。それもさっきのキャッチコピーにあったように、愚直で地道で、極めて民主的で、まさしく市民運動の王道を歩むやり方で憲法改正が可能なところまで世の中を動かし、ケント・ギルバートや百田尚樹といったタレントを動かして運動を盛り上げていく段取りが描かれていく。まさに市民運動の王道であり、言い換えれば草の根のファシズムそのものだと言えるのかもね。この手法は、反対の立場の人たちも学ぶべきよ。その意味では社会運動の教科書みたいに読んでもいいのかもしれないわね。
 そして腰巻きの裏に書いてあった「一群の人々」について語られる。これは最終的な謎、つまりこの日本会議の運動を生み出した「淵源」は誰かという謎を解き明かしていくの。
 ここは日本会議が潰したかった部分なのね、きっと。ここには五〇年の現代史の底に流れていた人間の怨念というか、情念というか、まあ、読んでみて。下手な小説以上に面白いし、日本会議が出版停止を申し入れたのもさもありなん、ね。

☆☆☆☆ 今、この国がどこに向かっているのか。そしてそれを動かしている「一群の人々」とは何者であり、何が狙いか。安倍晋三はただのあやつり人形にすぎない、のよ。
posted by ウィンズ at 15:33| 福岡 ☁| Comment(0) | 戦争と平和 | 更新情報をチェックする

木村玲欧『戦争に隠された「震度7」』吉川弘文館 二〇〇〇円+税


 四月十四日の夜ね。ちょうど職場の飲み会の帰りに小倉発九時二十七分発の電車に乗って発車を待っていたときに
「地震です、地震です」
という声が車内のどこかで鳴っていた。声が鳴るというのもおかしな話なんだけど、わかりますよね。たぶんどなたかの携帯の緊急災害情報が反応したのね。車内はそんなに混んでなかったのだけど、乗客のみなさまがたはそんな声は気にしないでキャーキャーおしゃべりに興じているご婦人たちの集団の他は静かに押し黙ったままなのね。わたしは携帯電話を職場に忘れてきてね、ちっとも状況がわからなかいのが不安だった。
 で、「さあ、来るよ!」と待ちかまえていたら、ぐらぐらっときた。でも、それ以上ではないという感じだったし、あの賑やかな集団は地震のことなんてひと言も話題にせずに賑やかなおしゃべりを続けていたし、電車は二〇分くらい遅れて発車したので、
「たいしたことはなかったのかな」
と思ったんだけど、帰ってニュースを見てそれはそれは驚いたわ。小倉で感じる地震と熊本で起きた地震の差というのはこういうことなのね。
 地震に限らず災害というのは特定の地域にダメージを与えるけどちょっと離れればどうということのない問題なのね。でも、熊本といえばいっぱい知り合いもいるし、心配になるじゃない。それで、余震の速報が入るたびにテレビを見るでしょ。そしたら変なことに気づいたの。鹿児島に知人がいるので、鹿児島の揺れも気になってたんだけどテレビに映るのは鹿児島以北の九州の地図なのね。
 で、鹿児島の知人に電話したら、
「こっちもかなり揺れてるわよ」
ということだった。
 その時、思い浮かんだことがある。原発よ、川内原発。あれがだいじょうぶかどうか気になってテレビの画面を見直すとちょうど南側の隠れたギリギリのところなのね。メディアは川内原発が存在しないとは言ってないけど、熊本の地震を報道するときに川内原発は見せたくないのね。そうかどうかはわかりませんが、そう思われても仕方ないわよね。
 どっかの放送局の籾井会長が局内の災害対策本部会議で、
「住民の不安をいたずらにかき立てないよう、公式発表をベースに伝えてほしい」などと発言したんだそうな。このことを参院総務委員会で質問されて、
「川内原発の問題については、いたずらに不安をかきたてることがあってはならない」
と改めて主張したんだって(『朝日新聞デジタル』2016.5.11 5:00)。
 それって、国家権力にとって都合の悪いことは知らせないということよね。
 で、この国には以前も似たようなことがあったんだ。平和教育やなんかで、戦争で日本は空襲やらなんやら被害を受けたことは教わってきたし、教えられてきた。でも、それらは戦後そんなことがあったんだって事実がわかってきてから共有化されたことなのよ。原爆だって最初は小さな記事だったみたいだし、その実体が明らかに報道されたのは戦後何年か経ってからだって、このあいだある人から聞いて驚いた。
 そしてさ、この本を読んでびっくり。あの戦争の終盤の昭和十九年十二月七日に東南海地震、さして年の明けた昭和二十年一月十三日に三河地震という大地震があったことをみんな知っているかしら。
 東南海地震はマグニチュード七・九の海溝型地震で、震度は七、死者・行方不明者は一二二三人だというし、三河地震はマグニチュード六・八の直下型地震で、死者は何と二三〇四人にのぼる。こんな大地震なのにみんな知ってた?
 本書は二〇一四年の発行です。本書を書いた木村さんは阪神・淡路大震災の研究をしていた人で、名古屋大学に勤めていた頃に愛知県内で阪神・淡路大震災の講演をしたんだそうです。その時に聴いていた人から、
「阪神・淡路大震災は自分たちとは関係ない」
「愛知県ではそんな大きな地震は起きたことがないし、これからも起きることはないだろう」
というような反応を得て驚いたのだそうな。なんと地元ですらその史実は忘れられていたということなのね。
 著者の木村玲欧さんは「情報学」が専門なのでそういう観点からこの本を書いている。地震がどのように隠され、また報道されてきたのかということを歴史的に振り返り、過去の記憶(体験談)を掘り起こし、そうした過去から何を教訓とすべきかということが書かれているし、すごい刺激的ね。情報を伝えていくことの大切さと、伝えないことの怖さを痛感しましたよ。
 でね、山下文男『隠された大震災―太平洋戦争史秘録』(東北大学出版会)も同じ地震について書かれた本で、合わせて読んだけど、これもおもしろかった。歴史の本として国家の隠蔽を告発しているのでぐいぐい引き込まれましたね。大学の出版会の発行だからお堅い本かと思ったらとんでもなく読みやすい本でした。こっちも紹介したかったけれど、実は二〇〇九年刊行でちょっと時間が経っている。でも、東北大学・・・でしょ。東日本大震災の直前だったのね。ちょっと哀しすぎるな。でも読んでください。


☆☆☆☆ 日本の報道の自由度ランキングは今年は七二位まで下がったそうな。二〇一〇年に一〇位だったのに、昨年は六一位、そして七二位。そういう時代だからこそ読んでおくべき本ね。 
posted by ウィンズ at 15:30| 福岡 ☁| Comment(0) | 戦争と平和 | 更新情報をチェックする

学校沿革史研究部会;山谷幸司・米田俊彦 学校沿革史の研究 高等学校編1、2


 本書は野間教育研究所紀要第50集及び第57集として刊行されたものである。野間教育研究所で2000年10月に立ち上げた「学校沿革史」研究部会が、高等学校および大学の沿革史の研究をおこなってきたが、2008年7月にその成果として『学校沿革史の研究 総説』を刊行、次いで2011年9月に『学校沿革史の研究 高等学校編1 長野県の高等学校沿革史』、2013年7月に『学校沿革史の研究 大学編1』が、そして2015年8月に『学校沿革史の研究高等学校編2』、2016年2月に『学校沿革史の研究 大学編2』が刊行された。『総説』の「はしがき」によれば、「学校沿革史という作品がもつ教育史研究、歴史研究の側面について、その成果を確認し、評価してみようという趣旨」に基づくものであり、「評価の観点や基準を示すことができれば、今後編纂される学校沿革史に対して編纂の指針を提供することができるであろう」という目的が示されていた。であるから、総説、大学編も含めて紹介するのが妥当なのかも知れないが、本稿ではこのうち高等学校編について紹介しておくことにとどめることとする。
 前述のように『高等学校編1』は2011年の刊行であり、米田俊彦の単独執筆である。それから4年を経て『高等学校編2』の刊行となった。こちらは山谷幸司と米田俊彦の共同執筆となっている。「学校沿革史」研究部会の方針では高等学校沿革史においては(1)都道府県単位の比較分析、(2)テーマ別比較分析、(3)個別沿革史の検討という枠組みを設定している(『高等学校編1』「刊行に際して」)。
 『高等学校編1』は「長野県の高等学校沿革史」とサブタイトルが付されているように長野県を事例に「都道府県単位の比較分析」を試みた結果(5頁)である。長野県に限定したのは東日本大震災により宮城県担当の山谷氏が執筆できなくなった所為で、「宮城県については、高校沿革史の「(2)テーマ別比較分析」「(3)個別沿革史の検討」の検討結果を刊行する際に合わせて収録することとした」(「刊行に際して」)という。『高等学校編2』はそういう位置づけで執筆されたと考えたい。『高等学校編1』では長野県の高等学校沿革史についての概要を一覧できるようにした上で前身校が中学校、高等女学校、実業学校などの種別ごと、および「複数(異種)の学校を統合」したもの、戦後創立の高校、私立高校に類型化し、比較分析を行おうとしている。各沿革史の内容の特徴が簡潔に抽出されていて、それらを読み比べるとなるほど各沿革史の編集方針や姿勢のちがいはよくわかる。「おわりに」では類型別の比較分析のまとめがされているものの、これから沿革史を編集しようとする人間から見れば、読者自身の比較の眼に期待する部分も大きいと思う。それだけ的確に各沿革史の特徴が抽出されているので、新たに高校沿革史の編纂事業に取り組む高校があるならば、参考になる事例は類型を超えて存在すると思う。
 『高等学校編2』は大きく2部に分けてある。第1部は「都道府県単位での沿革史の比較」であり、第2部は「テーマ別比較分析」である。第1部の第1章が宮城県第2章が神奈川県を扱っているが、宮城県については6校のそれぞれの沿革史の編纂方針、構成と内容が要約されている。一方、神奈川県については旧制中等学校を前身とする県立高校という制限がつけられ、まずはそれらの沿革史の概要が網羅的に展開され、次いで通史的叙述が充実している横浜緑ヶ丘高校、川崎高校、鶴見高校の3校に絞って比較分析をおこなっている。第2部のテーマ別比較分析は長野県の定時制課程、神奈川県の男女共学という二つのテーマ別の検討をおこなっている。戦後のある時期、定時制課程は青年教育において重要な役割を果たしてきたはずである。本書では長野県に限ってはいるが、定時制課程の沿革史を並べてみていくことで戦後史における定時制課程の存在感が伝わってきた。また、男女共学も戦後〈民主〉教育の華であったが、沿革史の記述を比べて見ていくとそこに良いも悪いも戦後教育の衝撃が浮かび上がってくる。まさしく男女共学は戦後教育のもっとも大きな衝撃ではなかったか。それが沿革史の叙述を並べていくとすごみを帯びてくるからおもしろいものである。
 ところで、比較分析の手法が執筆者によって異なるのは地域の特性の所為なのか、執筆者の趣味なのか。読む方としてはもう少し整合性がほしかった。また、当初想定されていた(3)個別沿革史の検討といった枠組みはどこへ行ったのか。宮城県に関していえばそれに相当するものと考えていいのか、明確ではなかったと思う。しかし、本書が多くの沿革史編集者の手元に置かれることで、これからの高校沿革史編纂事業は確かな土台を得たということができよう。

財団法人 野間教育研究所 2011年9月発行 A5版 232頁 5,000円
公益財団法人 野間教育研究所 2015年8月発行 A5版 295頁 5,000円
posted by ウィンズ at 15:27| 福岡 ☁| Comment(0) | 教育史及び教育学 | 更新情報をチェックする

辺見庸『1★9★3★7』金曜日 二三〇〇円+税



 『1★9★3★7』と書いて「イクミナ」と辺見庸は読ませるのだ。なぜかって?まずはその一九三七年と言えば、夏に盧溝橋事件が起き、年末にはあの南京事件、いわゆる南京大虐殺が行われた年だった。おっとここで何かいいたがる御仁も出てくるであろう。昨年、南京の資料館が世界遺産になったときに日本の閣僚たちが渋い顔をしていたのを思い出してほしい。かれらはブツブツと何かほざいていたが、公式声明は出さずに不本意な顔をしていた。
 何でか。
 かれらはあのことをなかったことにしたいからだ。しかし、あったことはなかったことにはできないので、大きな声での否定はできなかったということだった。
 世間には南京虐殺がなかったと言う「愛国者」、もとい歴史修正主義者が多々いる。歴史修正主義というのは、なかったことをあったことにする、ないしはあったことをなかったことにする人たちのことを言う。
 なかったことをあったことにするというのは神話を歴史にしたがったり、「江戸しぐさ」みたいに昔はいいことがあったにちがいない、というでっち上げのことだ。
「昔はもてたのだ」という中年のおっさんの自慢話のようなものかもしれない。その程度では特に傷つく人もいないから笑ってすませられるが、そこに具体的な女性の名前や初めて聞く子どもの名前が出てくればただではすまないかもしれない。もしかすると骨肉の争いに発展するかもしれないからだ。
 一方、あったことをなかったことにしたがるのは、過去に起きたことが不都合だと思って変えたがる人たちのことだ。誰でも自分のまちがいは隠そうという意識はあるだろう。先ほどの例で言えば、過去は清算しておきたいものだからだ。一九三七年当時、日本はなぜか中国にいた。中国のおかれた国際的な立場はあった。なぜか日本も便乗してそこにいたのだ。そして盧溝橋事件みたいなものが起きる。誰が原因か、というのは歴史的には問題のすり替えだ。なぜそこにいたのかというほうが問題だからだ。自宅でだれそれに殴られたというときに、どちらが先に手を出したかということより、その誰それがなぜそこにいたのかというほうが問題であるにちがいない。
 多くの兵士たちが南京に行って、いいお兄さんのままで帰ってきたわけではないだろう。辺見庸は主語を明確にしてこの年のことを問う。
「父祖たちはおびただしい数のひとびとを、じつにさまざまなやりかたで殺し、強姦し、略奪し、てっていてきに侮辱した」(16頁)と。
 えっ!そんなことはなかった、って? そんな虐殺はしてない、って?
 それでは、あの「百人斬り競争」の記事が「皇軍」兵士の誇るべき武勇談として、写真入りででかでかと載っていたではないか(18頁)。と言うと、「あれは捏造だった」とか「あれは誇張だった」とか言う声が上がる。そうしてコトをなかったことにしたい人々の不都合が問題なのだ。「日本国の名誉を守りたい」①と言う人もあるだろう。しかし、このことが武勇談として新聞記事となり、国民はそれに何の異論も唱えずに喝采を送り、本人たちも戦後になるまでは否定しなかったことは何を意味するのだろうか。
 辺見庸は言う

自らの父親について問う。
「こいつは人を殺したのか」と。
 父親は何も語ることはなかった。辺見庸はそこに人間の闇を見る。その闇を描いたのは描くことでしか、生きることが出来なかった小説家であったのかもしれぬ。辺見庸は本書を書いた理由を次のように述べる。
・・・わたしじしんを「1★9★3★7」という状況に(ないしはそれと相似的な風景)に立たせ、おまえならどのようにふるまった(ふるまうことができた)のか、おまえなら果たして殺さなかったのか、一九三七年の中国で、「皇軍」兵士であるおまえは、軍刀をギラリとぬいてひとを斬り殺してみたくなるいっしゅんの衝動を、われにかえって狂気として対象化し、自己を抑止できただろうか―と問いつめるためであった。おまえは上官の命令にひとりそむくことができたか、多数者が(まるで旅行中のレクリエーションのように、お気楽に)やっていた婦女子の強姦やあちこちでの略奪を、おい、えまえ、じぶんならばぜったいにやらなかったと言いきれるか、そうしている同輩を集団のなかでやめさせることができたか―と責問するためであった。(19頁)
 こういう辺見庸の問題意識をまずは共有しようではないか。辺見庸は多くの、いや殆どの当事者が語らない事実に迫っていく。辺見庸はそこに人間の闇を見る。闇は闇のままにしておきたいものだろう。辺見庸はその闇をひるむことなく読み解いていく。そして自身の父親をうたぐり、ついに父親の体験にまで迫るのだ。父親もまた黙して語らずに戦後を生きて来たのだが、その言葉の端に体験したものでしか口にできないことを辺見庸は見出す。
 思えば、僕の友人が言ってた。自分の父親となにかのはずみで戦争体験の話になったときに見た父親の目の昏さに、「ああこいつは人を殺したことがあるな」と感じたそうだ。どういうかたちで感じたのかはわからないが、辺見庸の場合は具体的な言葉を引き出してしまった。
 そう、言葉なのだ。事実を歴史の闇の中に隠蔽したとしても、体験者の言葉のはしはしに事実の記憶がついてくるのだ。それを辺見庸は戦争文学の中から拾い出し、体験者の発言から引き出してくる。「生肉の徴発」「シトツ」「ツンコピン」「スリッパで殴る」というような言葉が実際に現実を記憶する言葉としてあらわれてくるのだ。なかったことならばありえない言葉として。
 本書はわれわれ自身に強く問いかける。じぶんだったら、そこで何をするだろうか。戦場に行ったら何をするだろうか、と。そこには自分の自由選択の場はない。そこには「敵」なる人間と親しく交際する場はない。殺しあう場であり、自軍が優位になれば殺す一方の場になる。それはその場にいる人間一人の責任ではないのだが、行為に対する報いは個人に返ってくる。「皇軍」兵士として敵兵を殺したとしても、一人の人間を殺したことは個人のしたこととして。「皇軍」兵士として強姦や略奪に荷担したとしても、やった自分というのは消えることはない。みな自分のしたことを自分で引き受けなければならないのだ。だから人間はそうした記憶を闇の中に葬ることにする。いつか若き愛国者たちが、「父祖たちは悪い人たちではない。此の国は良い国だから、そんな非道いことをするはずがない」と自分のしたことをなかったことにしてくれる日が来るときを待って。
 そしてこの状況は今もあちこちで続いているのだし、わたしたちが再び体験しかねないことでもあるのだ。
 
☆☆☆☆  歴史というのはかくかくしかじかの出来事がありましたよ、と並べてみせるものではない。歴史を作り、歴史の中で生きて来た人間の記憶の中に染み込んでいるものなのだ。その記憶が消えて行くにしたがって、なかったことにしたい事情を抱えた人々があらわれる。此の国を愛するのならなかったことにするのではなく、起こらないようにすることがたいせつなのだから。そしていったん犯してしまった罪はひとりひとりの兵士の中で消えることはないのだから。
posted by ウィンズ at 15:20| 福岡 ☁| Comment(0) | 戦争と平和 | 更新情報をチェックする

加藤陽一『キーワードで考える 部落問題はじめの一歩』公益社団法人福岡県番犬研究所 一〇〇〇円+税



「もしもし、あ、おかあさん、今度学校で部落史の授業やるって言ってたでしょう。でも部落史って難しいよね。そこでね、授業の準備にとっても便利な本が出たんだ。『キーワードで考える 部落問題はじめの一歩』っていうの。近世政治起源説とか、賤民廃止令とか、水平運動とかね。そういうよく知らなかった言葉を目次から探すと部落史の基礎知識がわかるようにできているんだ。そうそう部落史だけではなくてね、同和対策事業とか、地名総鑑とか、全国統一応募用紙みたいな戦後の部落問題や同和教育にかかわる言葉や現代の人権問題でよく使われる言葉もキーワードとして載っているから人権の授業や研修にはすごく役に立つ参考書だと思うんだ。ほら、知っているようでいて、きちんとは説明できないみたいな、そういう言葉があるでしょう。C・S・Rみたいな。そういうのも載っているんだから、親切でしょう。そうしたキーワードから部落問題の知識がていねいに説明されているから、まったくの初心者でもすぐにわかるし、おかあさんみたいなベテランの教師でも便利に使えるんだ。それにね、これはブックレット菜の花シリーズのいちばん新しいものだからわかると思うけど、邪魔にならない大きさなので持ち運びにもいいと思うの。だから授業の準備じゃなくても、いつでも読める読み物としてパラパラっと目次を開いて気になるキーワードからそこを見れば簡潔にわかりやすく、それでいてけっこう詳しく書いているので読むのにかまえる必要はないの。読みたいときに読みたい箇所を拾い読みしていけばいいから、おかあさんみたいに時間のない人にもいいみたい。そしてそれぞれの項目の中を読んでいくとまたまた要注意のキーワードが太字になっていて、次の学びがしやすくできているのね。そうそうこの本を書いた加藤陽一って人は北九州市で中学校の先生をしてきた人で北九州市の同和教育を引っ張ってきた人みたいよ。そうそう加藤さんが部落問題と向き合ってきた歴史も第二部で『識字学級三十年』としてまとめられているのね。もちろんこちらは六十頁くらい通して読まなくてはいけないから、ほら通勤のバスの中で読むといいかもしれないよ。えっ、車酔いするんだっけ?それなら寝る前にベッドで読むのがいいかな。加藤さんが歩んできた道っておかあさんの教師歴と重なるんじゃないかな。でも加藤さんの部落と向き合ってきた生き方ってすごいよ。ついつい引き込まれて読んでしまった。そうそう注文はお近くの書店に申し込むのもいいし、福岡県人権研究所に直接注文するといいよ。電話番号を言うからメモしてね。〇九二ー六四五ー〇三八八。〇九二ー六四五ー〇三八八だよ。パソコンが使えるならネットで注文するのが便利だからこのアドレスを検索するといいから書き留めておいてね。福岡県人権研究所の注文フォームだけど頁のずっと下の方だから探してみることね。
http://www.f-jinken.com/books.html

☆☆☆☆ 「そうそう忘れてた。福岡県人権研究所のブックレットはこれで十九冊目。本書を買うのを機会にいろいろ合わせて買ってみるのもいいと思うよ。ネット注文は簡単だよ。」
posted by ウィンズ at 15:18| 福岡 ☁| Comment(0) | 人権問題 | 更新情報をチェックする