2017年05月10日

自衛隊を活かす会編『南スーダン、南シナ海、北朝鮮 新安保法制発動の焦点』かもがわ出版  二〇〇〇円+税


 
 新安保法制が成立して一年半以上が過ぎ、昨年は南スーダンに駆けつけ警護だなんだで自衛隊が派遣されたのは記憶に新しい。印象としては新安保法制が本格的に動き出したな、という実感がある。
 今さら言うのもなんだが、日本国憲法第九条というのがあって、この解釈をめぐって戦後の日本はいろんな議論をしてきた。そしてそれを横目でにらみながら自衛隊は大きくなってきたし、解釈の枠も徐々に広げられ、今や九条を変えなくてもじゅうぶんなところに来ているんじゃなかろうか。で、「もっと積極的に」というのが新安保法制だったんじゃないかな、というのがあっしの素人理解なのだが、どんなもんだろう。
 問題はここまで来てしまった日本の防衛の既成事実から何ができるか、ということだ。「何ができるか」って言ったからといって、「戦争ができる」という答えを求めているわけではないし、そんなことを期待している人間はごくごくわずかだと信じたい。
 新安保法制に
 「よくわからないが賛成だ」とほざいていたネトウヨにせよ、
 軍歌を高らかに鳴らして街宣をしていた右翼団体の方々にせよ、
 とりあえず安倍首相の言うことに賛成しておけという無条件保守派にしても、
 「尖閣諸島、竹島は日本の固有の領土だ、力尽くで死守せよ」と叫んでいた武闘派にせよ、
 中国と一戦交えたいとか、南スーダンで自衛隊の諸君に人を殺させたいとか、北朝鮮と日本海上で空中戦をしたいとか考えている人はどのくらいいるだろうか。よほど戦争で利権を得られる人(もちろん日本国内に生活拠点は持ってないだろう)か、人を殺したい人なんてそうそういるものではないだろう。今日も恙なく仕事を終えて、仲間と一杯やって、ラーメンの一杯でも啜るような生活が、空襲に怯える生活よりはずっといいと思うのだが。
 そうなるとわれわれの政治家の胸に期したところも国民の平和な生活であると思う。そのために自衛隊はいらないという人もいれば、だからこそ自衛隊が必要だという人もいる。新安保法制にしたって、そのほうがこの国の安全にとっていい選択だと考えた政治家が多かったということだろう。そんなことは考えず、自分の選挙だとか、なんらかの利権だとか、軍事産業との癒着だとか、アメリカにはものが言えないからとかという気持ちで選択した人はほとんどいなかったと思いたい。
 しかし、現実に日本の防衛をめぐる状況は新安保体制下で来るところまで来ている。私たちが現在直面しているのはしばしばミサイルを打ち上げては威嚇している北朝鮮であったり、尖閣諸島はもちろん東南アジア方面のちいさな島に手を伸ばしている中国との関係であったり、はたまたこの国の防衛範囲をめっちゃ超えていると思われる南スーダンとかにおける自衛隊がどう動けば〈国益〉に合致するのかということはリアリティのある問題となっている。北朝鮮や中国、もしくは韓国なんぞと戦争状態に入っていいことがあるかを考えたらいい。北朝鮮のミサイルが日本のどこかに落ちて戦争状態になったら北朝鮮はマジでその戦争に勝てると思っているだろうか。それこそ国家の壊滅を免れないことは承知しているはずだ。中国は経済的にも軍事的にも日本をはるかに凌ぐ国家となっている。ここでアメリカと中国が手を組んだら(「浅(あさ)海(かい)の悪夢」というらしい。これは一九七一年のニクソン訪中で現実となり、当時の佐藤内閣を震撼させたという。本書一〇八頁)、いわゆる第二の「浅海の悪夢」が現実のものとなったら、日本はどうしたらいいのか。いや、これは経済的な領域では現実化しているとも聞くし。
 物理的には遠方だけれど、南スーダンは内戦状態にあり、全く事態は沈静化していないという。その南スーダンで自衛隊が戦闘状態に巻き込まれ、「戦死者」が出たらいったいどうするのか。その時国民を護ることを誇りにしている自衛隊員諸君の大義はどう見つければいいのか。
 そういうふうに現在進行形で、南スーダン、南シナ海、北朝鮮という三つの戦争の可能性の中にこの国はあるのだ。それは現在の日本の状態から考えなければ現実的ではない。現在の自衛隊の置かれている位置、条件、そうしたものを前提に問題を考えなければ、明日の平和は危ういとは言えないだろうか。この本をまとめたのは自衛隊を活かす会は正式名称を「自衛隊を活かす:21世紀の憲法と防衛を考える会」という。単なる軍事推進派でもなく、自衛隊の後援会でもない。基本は憲法九条を護るところに原点を置いているが、そうではない人もメンバーには入っている。それだけ現実的な状況認識の中でこの三つの戦争に直面した場面をどう見たらいいのか、そしてこの国とこの国の自衛隊はなにをすべきかについて本書の中で議論されている。
 ただ、頭の中で観念的な防衛論争をする時代は終わったと言える。この国は少なくともここに掲げた三つの戦争に直面しているということをまずは自覚しようではないか。そしてこの三つの戦争が今、どういう状況にあるのか。まさに戦争に直面しているのだから、そのための戦略、いや、どうやって戦争をしないで済ますかという戦略を立てなくてはならないだろう。それは政治家に付託した問題ではなく、われわれ国民が持たなければならない意思なのである。
 ・・・国民が考えなければならないことは、戦争がなければいいのか、戦争しても勝てばいい(その場合多少の犠牲はやむを得ない)と考えるのか、あるいは、戦争のもととなる対立そのものが解決した安心状態が欲しいのかです。これは主権者としての選択です。(本書二一三頁)
 そう、選択肢がそんなにたくさんあるわけではない。本書を手がかりに考えてみよう。

☆☆☆☆ 選挙権が十八歳に引き下げられて主権者教育が着目されるようにはなった。今度改定される学習指導要領では「主体的に、対話的に、深く学んでいくことによって、学習内容を人生や社会の在り方と結びつけて深く理解したり」(『幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)』二〇一六・十二・二十一)という学びの転換が求められるようだ。この程度には生徒たちの議論の質を深められるようにしておこうではないか。 
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菅野完『日本会議の研究』扶桑社新書 八〇〇円+税

菅野完『日本会議の研究』扶桑社新書 八〇〇円+税


 この本が出たとき、あたしはいつものようにネットの量販店で買おうとしたのね。そうしたらなんと二九九九円とかいうお値段がついてたのね。定価八〇〇円の新書ですよぉ~。ありえないお値段でしょ。それというのも、この本が売れている、品切れだ、印刷が追いつかない、みたいなことが新聞だったか、テレビだったかで騒いでいたから、ほれ、この書評欄のこともあるでしょ。すぐに注文しようとしたらまさに品薄状態だったのね。二九九九円といえばほぼ三〇〇〇円よ、足下を見られたってこういう感じね。にしてもよ、新書本でこの値段、それはないでしょ。
 でもね、SNSのお友だちでマジでその値段で買った人がいたわ。
「その値段でお買いになったの?」ってお聞きしたら、
「情報はスピードが命です。値段には代えられません」
ですって。
 あたしは、一呼吸おいて別のネット通販で見つけた。二週間くらいかかったけれど、定価で買えたわ。
 こんな前置き長々と書いたのはそれだけ社会現象だったからよ。社会現象になったのはそれだけ多くの人がこの組織について知りたかったからなのね。この組織、そう日本会議よ。
 この本が出てから選挙があって安倍内閣が再び再編成して発足したけど、また日本会議のメンバーが増えたっていうことじゃない。安倍首相はじめ、閣僚の大半と言ってもいいくらいの人が日本会議国会議員懇談会のメンバーなのね。それだけじゃない。民進党、維新なんたらの野党にもメンバーがいるというすごい組織ね。
 ということはこの日本会議が事実上日本の政治、というより、このところ右傾化していると言われる日本の社会を動かしていると言ってもいいわけよ。そのわりにこの日本会議を誰が作ったどういう組織なのか、誰も知らないのよね。
「気づかなかった」
「怪しい」
「名前からして公的な組織かなあ」
「右翼団体かも」
「政党ではないだろうし」とかなんとか…
 邪推と憶測だけは広まっていたようなんだけど、実体はよくわからない。ただ、保守派というより安倍政権に浸食している右寄りの組織だということだけは想像がつくでしょ。
 で、この本が出たとたん、日本会議は発行元の扶桑社に出版停止の要求を申し入れたのね。国家権力に近い組織が民間企業に恫喝まがい(出版停止ってそういうことよね)の申し入れをするって、最近多いような気がするのはあたしだけかしら。で、おもしろいことにこの扶桑社はご存知のようにフジ・産経グループの「右」系の出版社で例の「つくる会」の教科書なんかも出していた会社なのね。それもあって世間の卑俗な興味を煽って市場価格が暴騰したということかな。
 ねっ、それだけで読んでみたくなるよね。腰巻き(本に巻いてある帯のことをそう呼ぶ)の表には
 「右傾化」の
     淵源は
  どこなのか?
 「日本会議」
    とは
  何なのか?
 と大文字のコピーが目を引く
 裏側には
  市民運動が嘲笑の対象にさえなった
  80年代以降の日本で、
  めげずに、愚直に、地道に、
  そして極めて民主的な、
  市民運動の王道を歩んできた
  「一群の人々」によって
  日本の民主主義は
  殺されるだろう―
と、挑発的で謎めいたキャッチコピーに惹かれないわけがない。
 で、読んでみるとこれが面白い。まるで推理小説を読んでいくような
 ネタバレになるから慎重に書くよ。なんせ推理小説みたいなんだから。
 まずは日本会議とは何かを概述したあと、歴史をざざっと遡る。遡っていくとあの一九六〇年代後半の学生運動に行き着くのよ。しかも、その種子は九州で芽を吹いているんだから、驚きでしょ。そして「元号法制化運動」を始めたのが日本会議の原点らしいのね。それ以上は教えない。だってとてもスリリングな謎解きなんだから。
 それから日本会議の戦略が語られる。それもさっきのキャッチコピーにあったように、愚直で地道で、極めて民主的で、まさしく市民運動の王道を歩むやり方で憲法改正が可能なところまで世の中を動かし、ケント・ギルバートや百田尚樹といったタレントを動かして運動を盛り上げていく段取りが描かれていく。まさに市民運動の王道であり、言い換えれば草の根のファシズムそのものだと言えるのかもね。この手法は、反対の立場の人たちも学ぶべきよ。その意味では社会運動の教科書みたいに読んでもいいのかもしれないわね。
 そして腰巻きの裏に書いてあった「一群の人々」について語られる。これは最終的な謎、つまりこの日本会議の運動を生み出した「淵源」は誰かという謎を解き明かしていくの。
 ここは日本会議が潰したかった部分なのね、きっと。ここには五〇年の現代史の底に流れていた人間の怨念というか、情念というか、まあ、読んでみて。下手な小説以上に面白いし、日本会議が出版停止を申し入れたのもさもありなん、ね。

☆☆☆☆ 今、この国がどこに向かっているのか。そしてそれを動かしている「一群の人々」とは何者であり、何が狙いか。安倍晋三はただのあやつり人形にすぎない、のよ。
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辺見庸『1★9★3★7』金曜日 二三〇〇円+税



 『1★9★3★7』と書いて「イクミナ」と辺見庸は読ませるのだ。なぜかって?まずはその一九三七年と言えば、夏に盧溝橋事件が起き、年末にはあの南京事件、いわゆる南京大虐殺が行われた年だった。おっとここで何かいいたがる御仁も出てくるであろう。昨年、南京の資料館が世界遺産になったときに日本の閣僚たちが渋い顔をしていたのを思い出してほしい。かれらはブツブツと何かほざいていたが、公式声明は出さずに不本意な顔をしていた。
 何でか。
 かれらはあのことをなかったことにしたいからだ。しかし、あったことはなかったことにはできないので、大きな声での否定はできなかったということだった。
 世間には南京虐殺がなかったと言う「愛国者」、もとい歴史修正主義者が多々いる。歴史修正主義というのは、なかったことをあったことにする、ないしはあったことをなかったことにする人たちのことを言う。
 なかったことをあったことにするというのは神話を歴史にしたがったり、「江戸しぐさ」みたいに昔はいいことがあったにちがいない、というでっち上げのことだ。
「昔はもてたのだ」という中年のおっさんの自慢話のようなものかもしれない。その程度では特に傷つく人もいないから笑ってすませられるが、そこに具体的な女性の名前や初めて聞く子どもの名前が出てくればただではすまないかもしれない。もしかすると骨肉の争いに発展するかもしれないからだ。
 一方、あったことをなかったことにしたがるのは、過去に起きたことが不都合だと思って変えたがる人たちのことだ。誰でも自分のまちがいは隠そうという意識はあるだろう。先ほどの例で言えば、過去は清算しておきたいものだからだ。一九三七年当時、日本はなぜか中国にいた。中国のおかれた国際的な立場はあった。なぜか日本も便乗してそこにいたのだ。そして盧溝橋事件みたいなものが起きる。誰が原因か、というのは歴史的には問題のすり替えだ。なぜそこにいたのかというほうが問題だからだ。自宅でだれそれに殴られたというときに、どちらが先に手を出したかということより、その誰それがなぜそこにいたのかというほうが問題であるにちがいない。
 多くの兵士たちが南京に行って、いいお兄さんのままで帰ってきたわけではないだろう。辺見庸は主語を明確にしてこの年のことを問う。
「父祖たちはおびただしい数のひとびとを、じつにさまざまなやりかたで殺し、強姦し、略奪し、てっていてきに侮辱した」(16頁)と。
 えっ!そんなことはなかった、って? そんな虐殺はしてない、って?
 それでは、あの「百人斬り競争」の記事が「皇軍」兵士の誇るべき武勇談として、写真入りででかでかと載っていたではないか(18頁)。と言うと、「あれは捏造だった」とか「あれは誇張だった」とか言う声が上がる。そうしてコトをなかったことにしたい人々の不都合が問題なのだ。「日本国の名誉を守りたい」①と言う人もあるだろう。しかし、このことが武勇談として新聞記事となり、国民はそれに何の異論も唱えずに喝采を送り、本人たちも戦後になるまでは否定しなかったことは何を意味するのだろうか。
 辺見庸は言う

自らの父親について問う。
「こいつは人を殺したのか」と。
 父親は何も語ることはなかった。辺見庸はそこに人間の闇を見る。その闇を描いたのは描くことでしか、生きることが出来なかった小説家であったのかもしれぬ。辺見庸は本書を書いた理由を次のように述べる。
・・・わたしじしんを「1★9★3★7」という状況に(ないしはそれと相似的な風景)に立たせ、おまえならどのようにふるまった(ふるまうことができた)のか、おまえなら果たして殺さなかったのか、一九三七年の中国で、「皇軍」兵士であるおまえは、軍刀をギラリとぬいてひとを斬り殺してみたくなるいっしゅんの衝動を、われにかえって狂気として対象化し、自己を抑止できただろうか―と問いつめるためであった。おまえは上官の命令にひとりそむくことができたか、多数者が(まるで旅行中のレクリエーションのように、お気楽に)やっていた婦女子の強姦やあちこちでの略奪を、おい、えまえ、じぶんならばぜったいにやらなかったと言いきれるか、そうしている同輩を集団のなかでやめさせることができたか―と責問するためであった。(19頁)
 こういう辺見庸の問題意識をまずは共有しようではないか。辺見庸は多くの、いや殆どの当事者が語らない事実に迫っていく。辺見庸はそこに人間の闇を見る。闇は闇のままにしておきたいものだろう。辺見庸はその闇をひるむことなく読み解いていく。そして自身の父親をうたぐり、ついに父親の体験にまで迫るのだ。父親もまた黙して語らずに戦後を生きて来たのだが、その言葉の端に体験したものでしか口にできないことを辺見庸は見出す。
 思えば、僕の友人が言ってた。自分の父親となにかのはずみで戦争体験の話になったときに見た父親の目の昏さに、「ああこいつは人を殺したことがあるな」と感じたそうだ。どういうかたちで感じたのかはわからないが、辺見庸の場合は具体的な言葉を引き出してしまった。
 そう、言葉なのだ。事実を歴史の闇の中に隠蔽したとしても、体験者の言葉のはしはしに事実の記憶がついてくるのだ。それを辺見庸は戦争文学の中から拾い出し、体験者の発言から引き出してくる。「生肉の徴発」「シトツ」「ツンコピン」「スリッパで殴る」というような言葉が実際に現実を記憶する言葉としてあらわれてくるのだ。なかったことならばありえない言葉として。
 本書はわれわれ自身に強く問いかける。じぶんだったら、そこで何をするだろうか。戦場に行ったら何をするだろうか、と。そこには自分の自由選択の場はない。そこには「敵」なる人間と親しく交際する場はない。殺しあう場であり、自軍が優位になれば殺す一方の場になる。それはその場にいる人間一人の責任ではないのだが、行為に対する報いは個人に返ってくる。「皇軍」兵士として敵兵を殺したとしても、一人の人間を殺したことは個人のしたこととして。「皇軍」兵士として強姦や略奪に荷担したとしても、やった自分というのは消えることはない。みな自分のしたことを自分で引き受けなければならないのだ。だから人間はそうした記憶を闇の中に葬ることにする。いつか若き愛国者たちが、「父祖たちは悪い人たちではない。此の国は良い国だから、そんな非道いことをするはずがない」と自分のしたことをなかったことにしてくれる日が来るときを待って。
 そしてこの状況は今もあちこちで続いているのだし、わたしたちが再び体験しかねないことでもあるのだ。
 
☆☆☆☆  歴史というのはかくかくしかじかの出来事がありましたよ、と並べてみせるものではない。歴史を作り、歴史の中で生きて来た人間の記憶の中に染み込んでいるものなのだ。その記憶が消えて行くにしたがって、なかったことにしたい事情を抱えた人々があらわれる。此の国を愛するのならなかったことにするのではなく、起こらないようにすることがたいせつなのだから。そしていったん犯してしまった罪はひとりひとりの兵士の中で消えることはないのだから。
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伊勢崎賢治『本当の戦争の話をしよう-世界の「対立」を仕切る』朝日出版社一七〇〇円+税


 これを書いている今、集団的自衛権が憲法違反だけど、そんなこと関係ねぇ、などと豪語する政権にいる方々が話題になっているけれど、この『ウィンズ』が読者諸氏の目に触れる頃はどうなっているのだろう。もし戦争が始まっていたら(笑)、まさにタイムリーなんだけどね。よく言われるのは戦後生まれが首相になるようになったことは大きな変化だってこと。つまりは戦争の体感が戦後生まれの人間にはないということで、まだ、いくぶんか「戦後」の空気を嗅いだことのある人も老人になりつつあっておおかたの日本国民は戦争を体感したことのない人々ばかりになってしまった。だから、「戦争しようよ」と言われても,ピンと来ないのはしかたがない。そんないささか、きなくさい昨今であるが、本当の戦争が近づいている気がする時には本当の戦争について知る必要があると思うのだ。
 しかし、「防衛省は27日の衆院平和安全法制特別委員会で、特別措置法に基づきインド洋やイラクに派遣された自衛官のうち54人が自殺していたことを明らかにした。内訳はインド洋で海自25人、イラクでは陸自21人、空自8人の計29人。」*1と、本当の戦争を見てしまった人の心は相当のダメージを受けてしまうことは確かなようだ。そうした方々の話を聞きたいとは思うけれど、自衛官が本当の戦争の話をぺらぺら語るのは職務上無理があるだろうし、僕もそれほど野暮じゃない。ということで又別の立場で本当の戦争を見てきた人の話を聞いてみようではないか。
 本書の著者伊勢佐木賢治氏は東京外国語大学教授と肩書きがついているが、元は建築家を志していた人だ。それがインドでスラム住民の居住権獲得運動にかかわってしまったところから国際的な仕事に携わるようになり、国連PKOの仕事として東ティモール暫定政府の知事とか、シエラレオネやアフガニスタンで武装解除の指揮を執るというような場面で本当の戦争と向き合ってきた人なのだ。
 その伊勢崎氏が二〇一二年一月に五日間にわたって福島県立福島高等学校の二年生に語った「授業」がもとになっている。五日間の授業が1章から5章までの章立てになっているらしい。
 1章は「もしもビンラディンが新宿歌舞伎町で殺害されたとしたら」という刺激的なタイトルがついている。ご存じのようにビンラディンはパキスタンで米軍に殺害された。パキスタンはアメリカの戦場ではない。独立した一個の国家だ。だからパキスタンを歌舞伎町と置き換えても天神と置き換えても同じことなんだということをまずは知るべきだね。その上でアメリカに論理は「テロリスト」の人権は考慮しないということなんだと。そしてすごいのはこれを言い換えると〈人間を,その人権を考えずに殺すには「テロリスト」と呼べばいいのです。(92頁)〉ということなんだって。こういう乱暴な論理が本当の戦争なんだな。
 2章は「戦争はすべてセキュリタリゼーションで起きる」という題だ。セキュリタリゼーションというのは「このままじゃたいへんなことになるぞ」という危機感を煽ります。その危機によって失われるかもしれない、だから護らなければならないと思われる者を「推定犠牲」と言い、それを宣伝する仕掛け人がいて、それに煽られた、つまりセキュリタイズされた聴衆が戦争をやっちゃうという理論だ。それに対して「まあまあ、」と冷静になって戦争をしなくても解決できる道を探るのが脱セキュリタリゼーションで、そのことによって戦争は回避できるし、そういう力をつけないかんのだという。まさに平和教育というのはかくあるべきだね。
 3章は「もしも自衛隊が海外で民間人を殺してしまったら」と,これまた危なっかしいタイトルだ。月村了衛『土漠の花』(幻冬舎 一六〇〇円+税)という小説を読んだだろうか。ソマリアあたりに加勢に行っている陸上自衛隊がちょっとした手違いで現地で戦闘に巻き込まれてしまうというストーリーの小説だ。まさに今の問題を描いていて面白いし、現在はそういうリアリティが満ちあふれている。まだ読んでない方にはお薦めだね。エンターテイメントとして面白いぜ。
 話はそれたが、それは絵空事ではなくて現実の問題になりつつある。そのことが・・・あれれ、内容を書いちゃったら、読んではくれないからこの辺で留め置くとして、本当の戦争はどっちが正義ということではない。戦争はしない方がいいに決まっているのだ。そして戦争に対するブレーキは「人権」という原則論なんだと伊勢崎氏は言う。そう、そしてこの「原則論」を言う勢力が弱すぎると伊勢崎氏は警鐘を鳴らしているのだ。
 机上の戦争の銀ではなく、そろそろ本当の戦争の話をする時代になってきた。そして戦争を回避する知恵を僕たちは持たなくちゃいけないんだ。

 

☆☆☆☆ もうすぐ戦争の準備が整いそうだ。本当の戦争についてきちんと知ること、そしてどうやって本当の戦争を避けることができるか。それがこれからの平和教育でなければならない。だけど実は政治家に読んでもらいたいね。
 そうそう、伊勢崎さんはかつて東ティモールの知事時代に小泉首相(当時)と離したことがあるそうだ。後方支援で自衛隊を送ろうか、という小泉さんに,彼は言ったそうだ。自衛隊の軍事的ニーズはない。でも来たら自衛隊に犠牲者は必ず出るので、遺体を大切につれて帰れるような配慮をしてくれって。これって第二次世界大戦でも反省しなくてはいけない問題だったよね。何しろ遺骨を置いて来ちゃったんだから。 
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ヨーコ・カワシマ・ワトキンズ著『竹林はるか遠く』ハート出版 一五〇〇円+税



 戦争体験というのはだんだん希薄化してきます。それはそうです、戦後七〇年近く経ったのですから。あれから七〇年近く戦争をしていないこの国の人々の記憶にはもう戦争体験は残っていませんよね。確かに私たちは平和教育を通して日本のアジア侵略や広島・長崎の原爆や、沖縄戦や、空襲などについて学んできたし、教えてきたのだと思います。でも私たちにとって、戦争はだんだん遠い昔のものになっていきます。子どもたちにとってはなおさらでしょう。だけど、現在も世界中のあちこちが戦争状態になっているのです。いったん戦争になったらそれがどんなに残酷なものであるのかということを私たちは知っておかなくちゃなりませぬ。そのためにはもっとたくさんの戦争の恐ろしさ、哀しさ、酷さを知っておくことが必要でしょう。もうすぐこの国は戦争を始めるかもしれません。その時に後悔しないように私たちは戦争、というより国際紛争が私たち自身の身にもたらすであろう災厄について知っておいた方がいいだろうと思います。
 戦争は土地と利権の奪い合いです。いくらきれい事を言ってもそうであることにちがいはありません。戦争によって他の国の土地を自分の国のものにして、そこに国民を住まわせ、その土地が他国に取り戻されれば住みついた国民はたちまち難民と化していくことになります。そういう難民が世界中にあふれかえっているのまちがいなく現在の世界の実状です。
 難民という人たちの存在は遠い国のことのように思っているのかもしれませんが、震災のような自然災害で一時的に住む家を奪われる人たちがいることは私たち日本に住む人間には現実的に自分たちの周辺で起きていることですから、理解はできるのかもしれません。それでも震災の被害から立ち直れない人々がまだ数多く残されていることに思いをいたすならば、幾分かの想像はつくのかもしれません。
 だけど、です。戦争は相手の国があることで成り立ちます。そして戦争は軍隊と軍隊との間で行われるものです。軍隊はそれぞれの国民を護るために存在するはずなのです。ところが、戦争が終わったあとには軍隊はありません。
 戦争と侵略は国境線のせめぎあいであり、戦局が転換すれば、そこは住む権利を失ってしまう場所になってしまいます。満洲、朝鮮半島、台湾・・・・・、敗戦までに日本が占領していた地域に多くの日本人が暮らしていました。その土地にそれぞれの事情で棲み着くようになり、またその土地で生をうけた人々も多かったと思います。戦争が終わったあと、この人たちにはなにが起こったのでしょう。
 夜の明けの空の轟音ソ連軍の艦砲射撃は耳をつんざく       寺澤小雪子
 「すみやかにもと居た街に戻りなさい」マイクを通す日本語流暢
(『北限』87 二〇〇七年十一月)
 散りぢりの家族の安否思ひつつ行く先不明の夜の避難路 寺澤小雪子
 樺太の思ひ出抱き乗船す心残りは波間に消えず
(『北限』75 二〇〇五年十一月)
 この方はおそらくは樺太で終戦を迎え、そして引き揚げてきた人なのでしょうか。その記憶を六〇年を過ぎてから歌に詠んでいるのです。しばしば思い出したように。おそらくは誰も護ってくれないという恐怖が身に染みついたのでないかと思います。
 本書は一九四五年という年に朝鮮北部羅南に住んでいた一人の少女擁子の旧植民地朝鮮からの脱出の記録なのです。その年の七月二十九日にこの脱出の物語は始まります。擁子は母と姉の女三人で脱出の途につくのです。父や兄と一緒に逃げることはできませんでした。突然の脱出行に家族を待つ時間はなかったのです。着の身着のままに日本へ日本へと逃げていく彼女たちをさまざまな試煉が襲います。国家に護られないということがどんなに心細いことか。擁子たちは必死の思いで日本に辿り着きますが、そこでもまた試煉が待っていたのです。一方、擁子の兄もまた、一人で日本をめざしていました。兄もまた生命の危機にさらされながら、単独で日本へ帰ろうとするのです。
 この脱出はさまざまな問題を含んでいます。それまで生活していた土地が他国のものになる。いや、もとい他国の土地に住んでいたのですから、他国に取り戻された土地であり、そこにソ連軍のような新しい武装権力が侵入してくるわけですから、状況は単純ではありません。暴力そのものに正義も悪も色づけはできません。暴力は受ける側からすればそれは恐怖以外の何者でもありません。そしてそれが戦争であり、その戦争が突然攻守逆転したようなものです。そこでは暴力に乗ずる人間、それはかつての日本人の姿であったことでしょう。そして暴力を嫌悪し、暴力から護ってくれる人たちも出てきます。もちろんかつての日本人にもやさしい心を持った人はいたはずです。そういう個々人のやさしさに救われて生還することはできたのですが、そうした出会いのなかった人は無惨な結末を迎えたのだろうと思います。
 戦争という極限状況の中で生き延びた人間の恐怖を思えば、戦争はそれ自体が悪だと言えるでしょう。それはまちがいありません。この本をどう読むのかはみなさんそれぞれの問題ですが、こういうことがあったということは絶対に知っておかなければならないことだと思います。
 著者は後にアメリカ人と結婚し、米国に住んでいます。そんなこともあって、本書は英語で書かれ、アメリカの中学生のための副読本として読まれたと言います。アメリカの中学生がこの本からなにを学んだのかはわかりませんが、日本の中学生がこの本から学ぶことは多いと思います。
 ところで同じハート出版から、清水徹『忘却のための記憶―1945~1946恐怖の朝鮮半島』(一六〇〇円+税)という本も出ています。こちらは当時羅南中学の生徒だった少年の脱出の記録です。全く同じ地域から逃げ出してきた人の記録ですから、併せて読むとますます戦後の引き揚げのすさまじさがわかることでしょう。


☆☆☆☆ 戦争には始めがあれば終わりもあります。そして戦後もあります。戦争の悲劇はどの場面にもついて回ります。それはいつの時代だって変わりません。そして今も世界のあちこちで同じことが繰り返され、また日本もそうならない保証はありません。そうならないために私たちには何ができるのでしょうか。



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