2009年10月01日

福岡賢正『隠された風景―死の現場を歩く―』南方新社 一六〇〇円+税

 部落史研究の中で差別の淵源についてケガレ意識について云々されるようになってきたことは教育現場においてはよく知られるようになってきた。しかし、そのケガレ意識とはどういうものかについては体感した人はいない。なにしろ中世におけるケガレ意識なんて議論なのだから想像を超えているのである。それは手にウンコがついてしまったというものとはまた別のケガレ観なのであろうとは推測しつつも私たちは抽象的な観念としてしかケガレ意識を理解していないのではないか。そうすると学校で部落問題学習、ないしは部落史学習を行ったとしても観念的なものにとどまらざるをえなくなるし、汚れたら手を洗えばいいという程度のところにとどまり、差別の根拠となったケガレ意識には実は手が届いていないのである。
 さらに重要なことは部落史研究でケガレ意識が提起されたことによって近世政治起源説は追いやられたことである。これにより、短絡的な行政責任からより民衆の生き方そのものにかかわる差別問題の本質を克服することに今後の人権問題の課題を置くことができるようになったのである。このことは私たちの差別意識の根幹にあるものを解明しなければならないことを意味している。つまりはケガレ意識とは何なのかを具体的に問うことである。
 ケガレ意識が死穢(しにえ)と結びついていたことはよく言われることである。具体的に私たちの暮らしにそれを求めるならば葬儀の返しに塩の小袋を付して、これを撒くことでケガレを払うというようなしきたりが最近まではあった(近年はあまり見なくなった気がするのだが)。その程度のことはあまりに迷信じみていると新しい世代の人間ならば気にすることなく廃止していく習慣でしかない。しかし、死というものを遠ざけようという意識は克服されていないと思うのである。先般JR西日本の悲惨な事故があったが、テレビで遺族の不満を流している中に「開いたままの目を閉じてやってください」とJRの職員に訴えたところ、「それは葬儀屋の仕事です」と断られたことを非難している映像があった。そこに遺体の取り扱いに関する微妙な意識が見え隠れするのを感じてしまった。
 本書は毎日新聞社西武本社版に二〇〇〇年九月から二〇〇一年十月にかけての連載記事がもとになっていて、内容は三部に分かれている。
 第一部はペットの行方と題され、ペットとなるはずの犬や猫がさまざまな理由で不要となったときになされている「処分」のルポである。ペットとなるはずの犬や猫は人間によって不必要に増やされ、その数的なバランスを崩し、結果的に「処分」という処理をされなければ実は私たちの生活そのものがなりゆかなくなる。そのペットたちの「処分」にかかわる人たちは自らを「必要悪」であると自嘲的に言う。それを著者は「善」であるとしなければならないと当事者の方々に約束をしてこの記事を書いていった。安直な動物愛護精神では解決できない生と死の矛盾、それを解きほぐすことがどうして「善」ではないのか。私たちの多くはそうした矛盾からは視線をそらし、皮相的にペットたちの生と死をながめ、そらぞらしく「いのちの尊さ」について語る。著者はそのことを鋭く糾弾しているのである。
 さらに重要なことはペットの死にかかわる人々がその仕事を隠さざるを得ないほど社会の、すなわち私たちの差別の視線にさらされているということである。それは明らかに死にまつわる差別意識であると言える。職員たちはこの差別のまなざしをつよく感じながら、時に「必要悪」と自嘲しつつもっとも社会にとって重要な職務を遂行しているのである。また、記事の中に被差別部落出身の職員の方が登場する。それは何を意味しているのか。前近代的なケガレ意識は未だに社会的差別の根となっていることを意味してはいないか。そういうことも押し隠して私たちはペットを飼い、不要になると処分にまわし、処分にかかわる人々を差別する。その構図は日本社会の差別構造そのものだと言えよう。
 ペットのいのちを奪う仕事、「それは善なのだ」著者は言いたいのだが、どれだけの人間が直接そこにまみえたとき心から共感してくれるのか。それは日本社会に突きつけられた課題なのであろう。
 第二部は肉をつくる世界のルポである。思うに私たちは肉はもとより牛や豚や鳥を殺した後に解体してそれぞれのパーツに分け、適当な大きさに処理して店頭に並んでいることは頭の中では知ってはいる。しかし、実際には箸の先にぶら下がっている肉しか眼中にはない。仙台で「牛タン発祥の地」という幟を見たことがある。正確には「牛タン焼き発祥の地」なのだろうが、「牛タン発祥の地」という表現には牛タンというものが仙台市の郊外で育てられているような錯覚に陥ってしまう。そのくらい私たちは牛タン=牛の舌と牛の死とを遠いものとして見ているのではないだろうか。
 肉(タンにしてもモツにしても)はもとい一頭ないし一羽の生き物の命を奪うところから始まる。にもかかわらず私たちはそれを人任せにし、なおかつ命を奪う現場とは遠い距離を置いているのである。仙台の牛の舌がどこで切り取られたものか詮索はせず、仙台が発祥地であるというコピーを無自覚に受け取っているのだから。
 このルポに出てくる屠畜の現場にはたしかに凄まじい光景がある。しかし、生き物の命を奪い、私たちの命の糧としていくということはそれだけ重たいものなのだ。その過程を想像することもなく、多くの人々はただ商品として並べられた食品としての肉だけを楽しんでいるのである。そしてうまい肉をほおばりながら家畜の死と向き合う現場からは眼をそむけ、現場にかかわる人たちを忌避しようとする。
 ここでもやはり被差別部落出身者が登場してくる。何故なんだ。やはり死穢がここにもとりついていると思わざるを得ない。しかも家畜の血にまみれて重労働をしているがゆえに人々は現場から目をそらしたいにちがいない。
 第三部は自殺が主題となる。生き物の死をルポした著者が今度は人間の死についてルポをした。自殺した人間の書いた数多の遺書を読んでの死の風景である。ただし、第一部、第二部とは異なって第三部は人間の自分自身のいのちへの問いである。ほとんどの自殺者がいのちを惜しまないのではなく、いのちを惜しむが故に悩み、苦しみ、躊躇う姿が描かれている。しかし、ここで示される死は第一部、第二部とは本質的に異なっている。いずれも生と死について問うてはいるのだが、第三部は自分自身の生き方の問題であり、第一部、第二部は死そのものに対する私たちのまなざしが問題になっている。水を差すようだが本書には第三部はいらなかったと思う。第三部はまた機会を改めて世に問うていい内容だと思う。第三部をおくことで私たちは「殺す」ことの意味から目をそらすことになった。自殺も一つの殺人ではある。しかし、そこには「殺す」ことに対する忌避や差別の色は薄い。あったとしてもその人間の死で歓ぶ人は少ない。それに対してペットや家畜の死は多くの人間のために行われている行為であり、かつかわいい生き物を殺す役目を忌避し、差別するという構図になっているのである。そしてそこに私は歴史が繙いてきたケガレ意識というものの根っこを見てしまったのだ。
 学校で部落史学習や同和教育に取り組むとき、人権教育として「いのち」の問題を取り扱うときまずは本書を手にとるべきであろう。
 私たちが私たちが一片の肉を口にしようとするとき、飼い犬を「かわいい」と思うとき、そして死にたいなどと思ったときに本書を思い出してみよう。そうしたら私たちが歴史の中に抱えてきた差別意識の根源を発見し、同時にいのちをたいせつにするということの意味を考えさせてくれる、そういう本である。

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大森みゆき『私は障害者向けのデリヘル嬢』ブックマン社 一二三八円+税

 「きっついお仕事」にはいろいろあるだろうけれど、和田虫像氏が体験できなかったお仕事にデリヘル嬢がある。なにしろこれは女性にしかできない仕事なのね。この著者の大森みゆきという名前は仮名です。仮名であるところに風俗という世界へのこの世の偏見ちゅうものがあるのかもね。
 で、この著者、デザイナーとして働きはじめたところ、いろいろな壁にぶち当たっていわゆるソープ嬢になったんだって。その彼女がひょんなことで「障害者専用のデリバリーヘルス」という業界に入ってしまう。なにしろ、ソープ嬢を半年したというのが、このお仕事に就くまでの彼女の風俗と介護(こっちは経験ゼロ)のキャリアなのね。それではじめちゃったんだから、この業界もすごいよね。
 まず、謹厳実直な読者の方々にはデリバリーヘルス、略称デリヘルって何だか説明しないと、この本の意味からしてわかんないわよね。あたし?あたしだってわかってるわけないじゃない。ま、読んでみて推測するにデリバリーってのは出前ってことだから、店舗を持たない仕事なの。そしてヘルスって、べつに健康食品とかじゃなくて、性的なサービスをすることだと考えたらいいようね。性的なサービスといっても性交渉は売春だから、これは法律違反。そうならない範囲で顧客の性的欲求を処理する仕事と考えたらいいみたい。まあ、「きっついお仕事」の一つに入るといえそう。
 それで本書は大森みゆき(仮名)さんが障害者専用デリヘルというお仕事の体験を紹介してくれている本なの。でもキワモノではないよ。最初に書いたように世間ではいわゆる風俗っていう世界はやっぱり陰の世界なのね。例えば「同和」教育に熱心なセンセイがデリヘル嬢を呼んで遊んだ、なんて言うとみんなから顰蹙を買うことはまちがいない。例えば「風俗っていうのは性の売買で、性の売買は女性の尊厳を否定しているから人権・同和教育に携わる人がなんてことをするのだっ!」なんて批難する人がいるかもしれないし、「そもそもそれはジェンダーの問題でして、そのようにジェンダーを一方的に押しつけることが……」なんて理屈をたれる人もいるかもしれない。
 しかし、障害者が性欲を持たないはずはないし、性欲を満たしたいということも一つの自己実現じゃないのかなあ。ところが、障害を持っているがゆえにその性欲の処理は健常者のようにはいかないことって想像がつくでしょ。実際に自慰そのものがままならない人だっているんだと思うの。彼女はこのお仕事を通じていろんな障害者の方と出会う。そして、いろんな形で彼らの性欲の処理に貢献するんだけど、世間っていうのはきっとこういうお仕事についてはフツーの風俗産業以上に眉をひそめるんだろうな。逆に言えば障害者は性欲を持っちゃいけない、恋愛や結婚は許されても風俗産業で遊んじゃいけないって思ってんじゃないかな。ともかくそういう偏見を彼女はどんどん打破していくんだ。
 ところで、彼女は介護体験はまったくゼロでこのお仕事に就いたのね。で、お客様と出会うたびに少しずついろんな技術を体得していくんだけど、あるお客様の時に性器を清浄綿で拭こうとしたとき本人はデイサービスで入浴しているからきれいだと思っていたらしいんだけど、そこには垢が真っ白にこびりついていたんだと。介護というのはきっと「性」の部分から目をそらしてしまうものなんでしょうね。だから見えないそういう部分には手は触れないのでしょうね。それにそこまでていねいに洗うべきだとも言えないしぃ。何しろすごくプライベートな部分だものね。
 これは介護の問題ではないと思う。そうではなくて介護と人間の「生」(生きるほうだよ)との〈はざま〉みたいなものがあるような気がして、だからそこって介護には絶対手の届かないところなのかもしれない。障害者の「性」(りっしんべんだよ)に向き合うことになった彼女はそうした手の届かないところに手をさしのべることのできる存在だったのだろう。世間からは二重の偏見を浴びながら…。

★★★★ これでまた読者諸姉諸兄の職業リストにひとつ「きっついお仕事」が加わったんじゃないかな。大森さんはこのお仕事にある種の職業倫理みたいなものを持っていたような感じがする。このお仕事への誇りなのかもしれない。人権・同和教育を考える上で、「障害者問題」を考える上でも、「いのち」について考える上でも、「しごととくらし」について考える上でも、「女性と人権」について考える上でも貴重な一冊。


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レジス・ドゥブレ、樋口陽一、三浦信孝、水林章『思想としての〈共和国〉―日本のデモクラシーのために』みすず書房三二〇〇円+税

 教育基本法が改正されて、その後教育現場は何も変わっていないというので、日々の安穏の生活に戻り、子どもを追いかけまわしているあなた。突然総理大臣が辞めてしまうこの美しい国に対してとりあえず何とかなるだろうという根拠のない信頼を置きながら不平不満を言っているあなた。自由と言われれば無条件にいいことだと思い、自由を少しでも抑制すれば管理だ、弾圧だと不平を唱えてしまうあなた。人間はみんな無条件に平等で人権は天から与えられたと思っているあなた。日の丸は嫌いだけど星条旗やトリコロール(フランスの三色旗)については敬意を表し、君が代は嫌いだけどゴッド・セイブ・ザ・クィーンやラ・マルセイエーズは無自覚に受け入れているあなた。日本の民族主義は嫌悪するのに在日外国人の民族主義には同調しちゃうあなた。そのくせワールドカップやオリンピックは日本選手団を応援してしまうあなた。もしくはそんなものは愛国心を助長するものだと言ってテレビを消してしまうあなた。この国と、この国に対する自分自身の責任について考えているかい?
 この国というのはもちろん日本国のことだ。天皇制国家でありながら帝国とか皇国を名乗らずに敢えて日本国と称している謙虚なこの国のことだ。少しは深刻に考えた方がいいと思う。なぜならばこの国は戦後六〇年を過ぎて戦後民主主義の制度疲労が末期的な症状を来たしているからだ。戦後民主主義が朽ちて滅ぶならば次に来るものは何か。それを考えるだけで恐ろしいから何とかしなくてはならないのだ。先にあげた「あなた」の症状はすべて戦後民主主義制度疲労症候群だ。その最大の症状は国家に対する無責任性だと言っていい。
 自国に対する無責任さは突然その食を放棄した首相のみならず、無原則にアメリカに追従していれば愛国者だと勘違いしている人びと、日本嫌い(反国家的)であれば進歩主義者だと勘違いしている人びと、選挙にも行かず、組合にも入らず、愚痴や不満も言わない人びと、そういう日本国民全体に蔓延している。このところ下がりっぱなしの投票率は国家と国民の乖離を端的に示している。
 私たちが自由とか、人権とかを主張するときそれは国家との関係においてどのように位置づけて語っているのだろうか。おそらく幼子が駄々をこねるように欲しい欲しいと叫んでいるに過ぎないのではないだろうか。そしてそのような駄々が説得力を持つ論理であるはずもないのだ。
 本書のタイトルは『思想としての〈共和国〉』だ。世界が近代化という時代転換をしたのは近代市民社会の成立による。そして、その近代市民社会がフランス革命によって生み出されたものであるということは世界史をちょっとかじった方には覚えがあるだろう(未履修の人はいざ知らず)。〈共和国〉というのはその近代市民社会の基本原理だと言えば理解してもらえるだろうか。トリコロールが示しているように基本原則は自由、平等、博愛だ。人権思想はここから生まれている。サブタイトルに「日本のデモクラシーのために」とあるのは日本社会ないしは日本国家のありように国家・社会の基本原理からものを言いたいという著者たちの願いが込められている。
 本書はフランス文学・思想の研究者である水林章氏らがフランスの思想家レジス・ドゥブレの一篇の論文に刺激を受け、その論文をたたき台に日本のデモクラシーを再考しようとしている挑発的な著作だ。冒頭にドゥブレの「あなたはデモクラットか、それとも共和主義者か」という問題の論文を載せている。次いでフランス研究の三浦信孝氏とドゥブレ氏の対談、更に水林氏の論文、そして憲法学の樋口陽一氏と三浦、水林氏の三人に「共和国の精神について」という鼎談でまとめられている。
 まずはドゥブレの「あなたはデモクラットか、それとも共和主義者か」という論文を読んでみよう。この論文は長いものではないし、水林氏によるていねいな訳注がついているので、理解しやすい。後の対談や論考はドゥブレ論文の応用問題だから、このドゥブレ論文だけを読むことで終わってもいい。それだけ意味深い論文だ。
 このドゥブレ論文は一九八九年に書かれたものでもう二〇年近く前の作品だ。しかし、今の日本の私たちにとっては新鮮であるし、それだけ私たちは自分たちの社会と国家についての思考をサボタージュしてきたかを思い知らされる。
 この年フランスではいわゆる「イスラム・スカーフ事件」というものが起こった。パリ郊外の公立中等学校で三人の女子生徒がイスラムのスカーフをかぶったまま教室に入ろうとしたのを校長が見咎め、スカーフを外すように指示したが、生徒らはこれを拒否して図書館で自習をしたという事件である。ドゥブレはまず読者に問いかける。さて校長の判断をどう思うか、と。
 たぶん、日本のお人好しの人権主義者たちは信教の自由だとか、表現の自由だとか、それが人権だとか言って女生徒たちの味方をするにちがいない。ほら、君もそうだろう。しかし、共和主義者であれば校長の判断を当然だと言うだろう、ドゥブレは言う。

 フランス革命は人間が神を克服して近代市民社会を作った。だから、市民たるべきものはその社会=国家の一員として責任を持つものなのだ。それが〈共和国〉の思想なのだ。だから市民としての権利があり、それを人権という。一方で、アメリカ的デモクラシー(水林氏はそれを民主主義とは訳さない。)は神によって予定調和的に作られた社会である。そのちがいを象徴しているのが

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多田富雄『わたしのリハビリ闘争』青土社 一二〇〇円+税

 今、君は元気かな。そして、いつまで元気かな。今は自分の健康に自信を持っているのかもしれないが、いつ何が起きるのかわからないのが人生というものだ。突然病気や怪我に襲われて、障害を負ってしまうということは誰にでも起こりうることなのだな。
 本書の著者の多田富雄氏は免疫学の世界的権威で、一九七一年に国際免疫学会で報告した「サプレッサーT細胞」の発見はノーベル賞級の研究と注目されたのだそうだ(本書の腰巻にある著者紹介による)。この偉大な免疫学者があろうことか二〇〇一年五月に旅先で脳梗塞の発作に襲われたのだ。まだまだ若い六十七歳だった。脳梗塞というのは「脳血栓または脳塞栓の結果、脳血管の一部が閉塞し、その支配域の脳実質が壊死・軟化に至る陥る疾患」(『広辞苑』第五版)なんだそうな。まあ、脳のどっかが詰まる病気だな。ご承知のように身体の麻痺をはじめいろいろな後遺症をもたらす病気である。突然、襲って来るので、こいつに当たったらそれまで健康自慢だった人も障害者とならざるを得ないのだ。嗚呼運命の過酷なることよ。神の意思の気まぐれなることよ。
 ともかく、不幸なことに多田氏は脳梗塞に当たってしまった。そして、右半身麻痺、重度の嚥下障害(呑み込みにくい)及び構音障害(喋りにくい)を後遺症として引き受けてしまったのだ。この状態になったらどうすればいいのか。そう、リハビリをするしかない。リハビリによって身体能力の回復をはかるのだ。リハビリというのはリハビリなんだから、即効果があるわけではない。麻痺が完全にとれるかというとそんなに簡単ではない。気長に続けることが何よりだし、これで完治するほど脳梗塞の障害は甘いものではない。少なくともリハビリを続けることで症状の悪化は防げるのだが、悪化を防ぐだけでも高齢者になればたいへんなことなのだ。
 多田氏も理学療法士と言語聴覚士について毎週二回のリハビリを続けたそうな。ところが、二〇〇六年三月(発症から五年経ってる)診療報酬の改定が行われて公的医療保険で受けられるリハビリは発症から九〇~一八〇日までしか受けられないという上限を設けたのである。信じられないだろう。五年経ったって完治しないものを一八〇日までしか認めないというのだ。少なくともリハビリを受けなくては生きていくことがたいへんになるにもかかわらずだ。改善の見込みのない慢性疾患にはリハビリは認めないというのが意味のわからないところだ。慢性疾患というのはなかなか治らないということだ。そういう病気にかかったら治療はやめてしまえ、というのが、この診療報酬改定の意味するところなのだ。やめたらどうなるか。多田氏は三週間ほどリハビリを休んだら、五十メートルばかり歩けたのが、立つのも難しくなったというのである。つまり、衰えて寝たきりになり、死期を早めることになるのである。そうして亡くなったのが社会学者で歌人の鶴見和子さんだ。鶴見和子さんは一九九五年に脳出血で左半身麻痺となったが、十年以上リハビリを続けながら執筆活動をしてきた。それはそれは驚くべき知的エネルギーだ。その彼女がリハビリを打ち切られるやたちどころに寝たきりとなり、その年の夏に亡くなったのだ。彼女を死に至らしめたのは誰か。診療報酬改定に他ならない。公害研究の第一人者宇井純氏もリハビリを打ち切られてまもなく亡くなった。彼らは著名人であるからその死を惜しむ声が少なくともこのように活字で残る。しかし、膨大な数の患者がリハビリを受けられなくなって亡くなっていることはまちがいない。
 どうしてこういうことが起きたのか。医療費を減らしたい一心で無駄なものは削減しようという小泉路線の中で起きたことなのだ。それを新自由主義という。新自由主義者によれば長引くリハビリは無駄なものであり、そのような病を抱えている人間は無駄な人間なのだ。後期高齢者なる老人も無駄な人々であり、障害者、年金受給者など彼らにとって足手まといなものはすべて無駄な人間であり、それらの人間はできれば消えて欲しいというのが小泉後の日本の一連の政策なのである。そして、その意味するところは合法的殺人なのである。
 多田氏は不自由な身体でパソコンに向かい、この非道なる政策を告発し続けてきている。本書はそうした多田氏の闘いのメッセージが詰まっている。繰り返すが、これは一部の運の悪い人の話ではない。明日は我が身の話なのである。そして命というまさに人権問題がここにはあるのである。
 鶴見和子氏は歌人でもあった。

ねたきりの予兆なるかなベッドよりおきあがることのできずなりたり   鶴見和子

☆☆☆☆ 基本的人権の保障された国、日本。だからこの国がそこそこ好きだったのに、小泉の頃からこの国は人間に冷たい国家へとどんどん変わっていってる。一方で、それでもこの国を愛するようにという教育だけは推し進められている。

此の国の弱き病者は国の為かそけきいのちはよすてたまへ   休呆

国民の命の値段に差がつきぬ二〇〇六年春は悲しも



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2009年09月30日

『宗像地区「同和」教育研究集会講演集 むなかたに人権の輪を◎―21世紀の「同和」教育を拓く―』宗像地区「同和」教育研究集会実行委員会

 昨年、津屋崎町で第11回宗像地区「同和」教育研究集会というのがあって、県同教の弓野会長が御講演遊ばされるってんで、行ってみたのよ。そうしたら掘り出し物を見つけちゃった。これまでこの研究集会では毎回講師を招待して記念講演を行ってきたらしいのだ。それで第二回から第十回までの記念講演を採録したのが本書なのだ。
 その講師陣がすごい。岡部健、加来宣幸、田中弘、野口良子、小西幸恵、久屋孝夫、野上早苗、川向秀武、林力といった面々なのだ。
 岡部さんは知る人ぞ知るカリスマ教師、すごい「同和」教育の実践がこともなげに語られる。実践に行き詰まった人には救われるような講演だ。加来さんは昨年「巡礼いのちの旅」三部作を出した「同和」教育の先達だ。講演当時は太宰府市民図書館の館長さんだったのかな、それで演題は『児童文学のおもしろさを子どもたちに』というふうになっている。しかし、話はご自身が実践してきた「同和」教育のことばっか。ていうかその中で加来さんが出会ってきた子どもたちの話なんだな。それがずずずずっと引き込まれる話なんだな。こういう先輩が福岡の「同和」教育をつくってきたんだよねって感動しちゃった。
 下見隣保館の田中さんは『高校・大学を卒業した人たちの意識実態から見た教育課題』という演題で話している。とはいえやっぱり田中さんの「同和」教育の体験がばりばり語られている。野口良子さんは大阪からお招きした講師だ。大阪の中学校の先生で、夜間中学の実践をしている。そういう視座から差別を見抜くということの実践がすっげえ説得力で語られている。うんうん。
 小西幸恵さんは児童センターで出会った子どもたちを通じてどうやってセルフエスティームみたいなものを子どもたちが掴んでいったのかをぐいぐい引っ張るように語ってくれている。講演の中で「その日帰って、また、清則にこんなんだったんだという話をした」ってくだりがあるのね。清則って誰なの?って一瞬思ったんだけど、ま、いいか。『男は熱いうちにうて』と題して語った久屋さんは西南大のセンセやけど男の側からジェンダーフリーを主張する理論家かつ実践家だ。男はチン労働、女は無チン労働なんて品のないギャグを飛ばしつつ性差別を批判していく話は魅力的だ。
 『私の伝えたい思い』を語った野上さんは福岡市の被差別部落の出身で、ねその生い立ちを語る中から差別の実態と自らの闘いを語ってくれている。リアリティがちがうね。そして川向さんはこの時までこの集会の実行委員長を務めていて、ちょうど定年退官を控えていたのでまさに「記念講演」をしていただいたようだ。川向さんの半生は聴くに値するよ。何しろ中卒からはじまって定時制高校、大学の夜間部という経歴、部落問題との出会いと闘いが次々と語られる。川向ファンは必読だね。で、林さん。これもまたビッグ・ネームですね。初代県同教会長であることはともかく、演題は『「らい」者の息子として』だ。そう、林さんのお父上がハンセン病であったということで、「同和」教育界の重鎮であること以上にそうした経験からハンセン病差別を告発する当事者としての主張は迫力がある。
 おおっと、つい概要をぜんぶ語ってしまったが、くわしくは読まないとわからないだろう。ぜひとも手にとって読んでみるべきだ。何しろこれだけのビッグネームの講演がずらりと並んで一冊にまとめられているすごい一冊なのだ。こんな凄いものが宗像の一部の人間が独占してるって悔しくない?

★★★★ 第一回が無いのでどうしたんだろうと実行委員の人に尋ねたらわたなべひろやすさんと故中村正夫さんの二人の講演があったと伝えられているが、記録がないということだった。それにしてもこれだけの執筆者をそろえるのはむずかしい。それを一度に読めるのだから、これはお得…、しかも格安。あっ、値段を書いてなかったね。これは市販本じゃないので、本屋では売ってない。でもえらい安い実費でわけてくれた。


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