2017年05月10日

伊勢崎賢治『本当の戦争の話をしよう-世界の「対立」を仕切る』朝日出版社一七〇〇円+税


 これを書いている今、集団的自衛権が憲法違反だけど、そんなこと関係ねぇ、などと豪語する政権にいる方々が話題になっているけれど、この『ウィンズ』が読者諸氏の目に触れる頃はどうなっているのだろう。もし戦争が始まっていたら(笑)、まさにタイムリーなんだけどね。よく言われるのは戦後生まれが首相になるようになったことは大きな変化だってこと。つまりは戦争の体感が戦後生まれの人間にはないということで、まだ、いくぶんか「戦後」の空気を嗅いだことのある人も老人になりつつあっておおかたの日本国民は戦争を体感したことのない人々ばかりになってしまった。だから、「戦争しようよ」と言われても,ピンと来ないのはしかたがない。そんないささか、きなくさい昨今であるが、本当の戦争が近づいている気がする時には本当の戦争について知る必要があると思うのだ。
 しかし、「防衛省は27日の衆院平和安全法制特別委員会で、特別措置法に基づきインド洋やイラクに派遣された自衛官のうち54人が自殺していたことを明らかにした。内訳はインド洋で海自25人、イラクでは陸自21人、空自8人の計29人。」*1と、本当の戦争を見てしまった人の心は相当のダメージを受けてしまうことは確かなようだ。そうした方々の話を聞きたいとは思うけれど、自衛官が本当の戦争の話をぺらぺら語るのは職務上無理があるだろうし、僕もそれほど野暮じゃない。ということで又別の立場で本当の戦争を見てきた人の話を聞いてみようではないか。
 本書の著者伊勢佐木賢治氏は東京外国語大学教授と肩書きがついているが、元は建築家を志していた人だ。それがインドでスラム住民の居住権獲得運動にかかわってしまったところから国際的な仕事に携わるようになり、国連PKOの仕事として東ティモール暫定政府の知事とか、シエラレオネやアフガニスタンで武装解除の指揮を執るというような場面で本当の戦争と向き合ってきた人なのだ。
 その伊勢崎氏が二〇一二年一月に五日間にわたって福島県立福島高等学校の二年生に語った「授業」がもとになっている。五日間の授業が1章から5章までの章立てになっているらしい。
 1章は「もしもビンラディンが新宿歌舞伎町で殺害されたとしたら」という刺激的なタイトルがついている。ご存じのようにビンラディンはパキスタンで米軍に殺害された。パキスタンはアメリカの戦場ではない。独立した一個の国家だ。だからパキスタンを歌舞伎町と置き換えても天神と置き換えても同じことなんだということをまずは知るべきだね。その上でアメリカに論理は「テロリスト」の人権は考慮しないということなんだと。そしてすごいのはこれを言い換えると〈人間を,その人権を考えずに殺すには「テロリスト」と呼べばいいのです。(92頁)〉ということなんだって。こういう乱暴な論理が本当の戦争なんだな。
 2章は「戦争はすべてセキュリタリゼーションで起きる」という題だ。セキュリタリゼーションというのは「このままじゃたいへんなことになるぞ」という危機感を煽ります。その危機によって失われるかもしれない、だから護らなければならないと思われる者を「推定犠牲」と言い、それを宣伝する仕掛け人がいて、それに煽られた、つまりセキュリタイズされた聴衆が戦争をやっちゃうという理論だ。それに対して「まあまあ、」と冷静になって戦争をしなくても解決できる道を探るのが脱セキュリタリゼーションで、そのことによって戦争は回避できるし、そういう力をつけないかんのだという。まさに平和教育というのはかくあるべきだね。
 3章は「もしも自衛隊が海外で民間人を殺してしまったら」と,これまた危なっかしいタイトルだ。月村了衛『土漠の花』(幻冬舎 一六〇〇円+税)という小説を読んだだろうか。ソマリアあたりに加勢に行っている陸上自衛隊がちょっとした手違いで現地で戦闘に巻き込まれてしまうというストーリーの小説だ。まさに今の問題を描いていて面白いし、現在はそういうリアリティが満ちあふれている。まだ読んでない方にはお薦めだね。エンターテイメントとして面白いぜ。
 話はそれたが、それは絵空事ではなくて現実の問題になりつつある。そのことが・・・あれれ、内容を書いちゃったら、読んではくれないからこの辺で留め置くとして、本当の戦争はどっちが正義ということではない。戦争はしない方がいいに決まっているのだ。そして戦争に対するブレーキは「人権」という原則論なんだと伊勢崎氏は言う。そう、そしてこの「原則論」を言う勢力が弱すぎると伊勢崎氏は警鐘を鳴らしているのだ。
 机上の戦争の銀ではなく、そろそろ本当の戦争の話をする時代になってきた。そして戦争を回避する知恵を僕たちは持たなくちゃいけないんだ。

 

☆☆☆☆ もうすぐ戦争の準備が整いそうだ。本当の戦争についてきちんと知ること、そしてどうやって本当の戦争を避けることができるか。それがこれからの平和教育でなければならない。だけど実は政治家に読んでもらいたいね。
 そうそう、伊勢崎さんはかつて東ティモールの知事時代に小泉首相(当時)と離したことがあるそうだ。後方支援で自衛隊を送ろうか、という小泉さんに,彼は言ったそうだ。自衛隊の軍事的ニーズはない。でも来たら自衛隊に犠牲者は必ず出るので、遺体を大切につれて帰れるような配慮をしてくれって。これって第二次世界大戦でも反省しなくてはいけない問題だったよね。何しろ遺骨を置いて来ちゃったんだから。 
posted by ウィンズ at 15:13| 福岡 ☁| Comment(0) | 戦争と平和 | 更新情報をチェックする
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