2017年05月10日

眞嶋亜有『「肌色」の憂鬱 近代日本の人種体験』中央公論新社 二三〇〇円+税



 ヘイトスピーチが特定の民族に対する憎悪に基づくものならば、その根底にはレイシズムというものが存在している。そして、そのレイシズムはもとより白人社会においては有色人種とされるわれわれに向かっているものなのであった。しかし、現在ではアンチ・レイシズムを標榜する団体に言わせれば肌の色や民族、家系など「あらゆる出生による属性を対象とした差別」(People's Front of Anti Racismのホームページ)を指すものらしい。その意味ではいわゆる人種差別のみならず、在日コリアンに対するヘイト・スピーチも、部落差別もレイシズムという括りに入るものだと考えていいようだ。
 しかし、われわれ日本人の心性にとって微妙なのは西洋人に対する身体的コンプレックスという問題だ。日本が明治維新を経てアジアの大国たらんとした時に出会ったのは肌の色であったのではないか。
 内村鑑三という人を知っているだろう。『余は如何にして基督信徒となりし乎』、『代表的日本人』(いずれも岩波文庫にあり)などの著作がある近代日本の思想家である。本書ではまず内村が引き合いに出される。読者諸氏も手元のパソコンで「内村鑑三」を検索してみるといい。そこでヒットする彼の肖像はみな日本人離れした風貌であることを確認するにちがいない。
 それは内村にとってはかなり自覚的な行為だったというのだ。日本の近代はそのような意識によって始まったのかもしれない。肌の色、背の高さといったいわば人種的な特徴を織り込んだ複雑な心性が歴史の中で醸成され、日本人の世界認識を形成していったとも考えられる。
 例えば夏目漱石。彼は内村のように背は高くなかった。彼はロンドンに留学した体験を持つが、彼にとってその留学生活は相当に不愉快で惨めな体験をした日々であったと言われる。それは世界の一等国に成り上がったはずの日本の不安そのものであったという。さらには日本が日独伊の三国同盟を結んだことも、人種という大きな矛盾を抱え込んでいたのである。なにしろナチという史上最悪のレイシストと彼らが侮蔑してやまない「黄色人種」の日本人が同盟を結んだのであるから。尤も、現代でもナチにあこがれ、ヒトラーに共感する日本人がいるらしいが、その人たちは自分が白人社会で差別される存在であることを知っているのだろうか。
 一方で、欧米社会では如何に同じ黄色人種である中国人とちがうかを強調しなければならず、そのような屈折した経験を日本のから留学したエリートたちは西洋と接触するたびに体験していたのである。
 そして最終的にその差を見せつけたのが戦後直後の天皇とマッカーサーとの会見写真であろう。この有名な写真は日本国民に敗戦という現実を物理的に示してくれたものであったと言ってもよいだろう。
 本書はハーバード大学ライシャワー日本研究所に籍を置く若い研究者によって書かれた著作である。アジアでいち早く近代化を推し進め、西洋の強国、大国と肩を並べようして無理をした日本人の、そしてその返す刀でアジアの人々を差別してきた日本人の倒錯したレイシズムの構造が垣間見えてくるのである。
 われわれは単に「差別はいけない」という以前に差別の背後にある「肌の色」とその歴史を読み解く必要があるだろう。まさしく近代日本人にとって、西洋化を目指すには「肌色」は憂鬱以外のなにものでもなかっただろう。それは今でも続いているのではないだろうか。その裏返しの心性が日本におけるレイシズムとして朝鮮学校の襲撃やら、ヘイトスピーチやらに反映しているとすれば、この本は絶対に読んでおかなければならないだろう。民族差別、人種差別(肌の色差別)の愚かさを一口に言うのは簡単だが、それはかなり屈折した歴史に依って作られてきたのだということが、何ともおもしろい。われわれがレイシストであることじたいが滑稽なのだと理解したいものだ。

☆☆☆☆ ラドヤード・キプリング、エルヴィン・ベルツ、ジョルジュ・ヴィゴー、ラフカディオ・ハーンといった近代史における親日家をご存知だろうか。彼らは日本人並みの身長であったらしく、それが彼らにとってそれなりに意味があったということも書いてあった。いやはや人間はフクザツなものだ。
posted by ウィンズ at 15:07| 福岡 ☁| Comment(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする
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