2013年09月03日

渡部良三『歌集 小さな抵抗 殺戮を拒んだ日本兵』岩波現代文庫 九八〇円+税

 戦争になったら人間が死ぬ。そう他人事のように言うことはできるが、人間が死ぬ、人間を殺すと言うことが我が身に起こるならばそれは尋常なことではない。また、そうした状況の中で、人間が生きる、それでも生き続けるということも並大抵のことではない。戦争が風化していくのをいいことに、「そんなことはなかった」と言いたがる人たちをしばしば見かけることに歴史が消されていくことの不安感を感じずにはいられない。
 この歌集は最初は私家版として一九九二年に纏められたものである。そして巻末に「本書は一九九四年、シャローム図書より刊行された」とあるように、キリスト教系の出版社から公刊されることになった。一九九九年の三刷が底本となっているから、三度は版を重ねたと言うことだろう。それが十余年を経て岩波現代文庫から刊行されたと言うことはこの歌集に歌集以上の意味があるということを意味している。それは「忘れるな」ということなのだろう。
 この歌集の作者である渡部良三氏は一九二二年生まれ。キリスト教徒であった。一九四四年、中央大学在学中に学徒出陣で中国河北省の駐屯部隊に配属されたのだが、ここで彼は戦争の現実に呑み込まれる。直面したのでも、遭遇したのでもない。まさに彼自身が戦争の現実となったのである。
 それから彼はその現実を短歌に詠んでいった。その現実の過程でも復員に際しても記録を取ることも、持ち帰ることも許されなかったが、彼はあり合わせの紙に書き留めた短歌を服に縫い込んで、生還した。そして戦後の長い時代を生き抜いた後にこれらの短歌を纏めて世に問うたのである。 

朝(あさ)飯(いい)を食(は)みつつ助教は諭したり「捕虜突殺し肝玉をもて」

 助教とは新兵の教育を担当する下士官のことである。二等兵の渡部良三にとっては直接に指導される上官である。その助教が朝食の時に何と言ったか。
「捕虜を突き殺せ」
 上官の命令は天皇の命令であった。

稜威(いつ)ゆえに八路を殺す理由(ことわり)を問えぬ一人の深きこだわり

 稜威とはここでは上官の命令であり、それは天皇の神聖な命令のことであった。それゆえに捕虜(八路とは中国共産党第八路軍のことであり、この八路は彼らが捕らえていた捕虜のことである)を殺す理由を問いただすことはできるはずがなかった。

獣めく気合するどく空(くう)を截(き)る刺されし八路(パロ)の叫びきこえず
深ぶかと胸に刺されし剣の痛み八路はうめかず身を屈(ま)げて耐ゆ

 虐殺は始まった。上官の指図のままに兵士たちは捕虜に剣を突き刺していく。捕虜の痛みを彼はじっと見ているしかなかった。

かくのみにいつくしみなし戦争(たたかい)を聖(ひじり)と宣(のぶ)るやまとの剣に

 これが聖戦だと宣(のたも)うた日本のたたかいなのだろうか。 

地に額をつけ子の生命乞う母の望み断たれぬさるぐつわにて
生命乞う母ごの叫び消えしとき凜と響きぬ捕虜の「没有法子(メイファーヅ)!」

 捕虜には母親がいた。その母親をさるぐつわで黙らせ、刺し殺す。渡部は捕虜の無念に言葉を失うのだ。「没有法子(メイファーヅ)!」は「仕方がない、諦めるさ」という意味だという。

血と人膏まじり合いたる臭いする刺突銃はいま我が手に渡る
「殺す勿れ」そのみおしえをしかと踏み御旨に寄らむ惑うことなく

 そして彼に順番が回ってきた。その刺突銃が渡された時、彼はキリスト者として自分は人を殺さないと決意する。「汝殺す勿れ」というキリストの教えに従う道を選んだのだ。だがそれは銃殺されても仕方のない上官への、そして天皇への反逆行為であった。
 渡部良三の呑み込まれた戦争の現実がこれだった。四十八人の新兵によって五人の八路軍の捕虜が虐殺され、その後面前で八路軍のスパイだとされる若い女性が乳房を焼かれ、水責めにされるという拷問を見せつけられる。そして「不忠者」の烙印を押された渡部はその日から耐えることのないリンチの日々を受けることになるのだ。

血を吐くも呑むもならざり殴られて口に溜(たま)るを耐えて直立不動
煮えたぎるこんにゃくふくむ熱りなりゲートル二足のこの連打はも

 ゲートルで両頬を殴るというリンチで、音がしないために消灯後に行われたという。リンチを受け続けた日々を綴った歌も壮絶なものがつづく。

「尽忠奉公慰安婦来たる」の貼紙を見つつ戦友等にならわぬひとり
いかがなる権力(ちから)の故に連れ来たり遠き戦野に人を売るとは
慰安所に足を向けざる兵もあり虐殺(ころし)拒みし安堵にも似る

 慰安婦のことも詠まれている。渡部は慰安婦も拒否する。そして力ずくでの人身売買を告発する。それは捕虜虐殺を拒んだのと同じ信仰の上にあるものであった。
 戦争は人を殺すことだ。それは限りなく重たいことであるが、いったん踏み外してしまうと人間は人間ではなくなっていく。しかし、人間であり続けることはさらに重たい。
 戦争が風化してゆく。そんな危機感を持ち始めてからもうどれだけの歳月が経っているだろうか。自分の教員生活の中でも二~三世代は戦争から遠ざかってきた実感がある。父母の記憶だったものが、祖父母の記憶となり、今や歴史の一コマでしかなくなっているからだ。時の流れが否応なく古い記憶を消していく。それは致し方のないことではなくて、だからこそ忘れてはならない戦争の記憶があるのだ。そうした記憶がこの歌集には満ちている。そして戦争の罪を否定しようとする者たちや新たに戦争をしたがる者たちに人間のいのちの重さを知らしめる語り部として、この歌集はここにある。


☆☆☆☆ 

戦争の責任ぼかされて歪みゆく時代(とき)の流れを正すすべなし  渡部良三

 これも『小さな抵抗』にある歌である。詠まれたのは東京裁判の頃。世の中は復興に向けて動き始め、戦争の記憶を消し去ろうとしていた。その姿勢のまま六〇年の星霜を重ねている。似たようなまちがいを犯しそうな気配が漂っているような気がしないわけでもない。

死ぬのにはちやうどいいだらうこの道を右に曲がれば戦争がある   休呆
posted by ウィンズ at 19:18| 福岡 ☔| Comment(0) | 戦争と平和 | 更新情報をチェックする
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