2012年01月21日

新谷恭明『なぜ中学生は煙草を吸ってはいけないの』福岡県人権研究所

 十一月三〇日は書評の締切なんだけれど、なかなかいい本が見つからない。ていうか、このところこの欄にふさわしい本を読むのをサボっていたということもあり、ぐずぐずしているうちに締切が来ちゃった。なので、県同教への道が遠い。実に遠い。足取りも重い。なもんで、途中で寄り道してコーヒーの一杯でもいただこうかと福岡県人権研究所に立ち寄った。お、そしたら、なんか新しい本がどっと積み上げられているではないか。
「何か新刊でたの?」
「あら、新谷センセイのブックレットよ」
「え?そんなの企画してたんだ」
 これは天恵だ。締切ギリギリになってようやくネタと出会えたか。
「ちょっと見ていい?」
 と言いながら僕はすでに一冊手に取っていた。
「なになに、『なぜ、中学生は煙草を吸ってはいけないの』というのか。『さおだけ屋はなぜ潰れないのか』(光文社新書 七三五円)のパクリみたいだな」
 とつぶやくときつい言葉が返ってきた。
「パクリじゃないわよ。中にそういう章があるんだから」
「へぇ、そうかい」
 表紙は教室の写真に縦書きのラフな字体。なかなかいい感じだ。表紙を開いてみる。
「おや?」
 中表紙にはタイトルが書かれた黒板の写真。あれ、この字は見たことがあるぞ。まあいい。目次を開けてみる。おお、確かに「三 なぜ、中学生は煙草を吸ってはいけないの」とある。あとの章もどこかで見たことがあるなあ。おっ、最後の頁に「初出一覧」があって、なるほど、「羅針盤」に載ってた文章が多い。「羅針盤」ってほら、県同教の機関紙『かいほう』の最後の頁に載っているやつ。あとは『ウィンズ』に載っけてた文章か。あ、書き下ろしもあるんだ。まあ、一口で言うと新谷センセイのあの名著『学校は軍隊に似ている』(海鳥社 一二〇〇円+税)の続編なんだ。これはいい。
 もう一度最初に戻る。目次の次に、あ、やはり短歌があった。
 『学校は軍隊に似ている』では〈学校といふ旧き檻あり囚はれの子らは十二年の刑期に耐へて 休呆〉という短歌が載っていた。今度はどんなのかな,というと、こんなのであった。

日の暮れた街に子どもの居ることの罪なりし日を懐かしみをり 休呆

 ほほう、確かに昔は日が暮れたら子どもは家に帰らなくちゃいかんやった。夜に子どもだけで出歩くのは学校で禁じられていたのに、今では塾やらがあるせいか、ガキどもが盛り場をうろついちょる。あれは何とかならんのか、と思ってからずいぶんたつし。今じゃあたりまえの光景だもんなあ。
 ぱらぱらと中身をめくってみる。おや、写真があった。あれれ、「羅針盤」とはちょっとちがうかもしれない。なるほどだいぶ書き加えたところもあるんだ。この本、「わがまま書評」で紹介してしまおう。
 まずは「はじめに」を見てみる。これはたぶん「羅針盤」には書いてないはずだ。へぇぇ、スカンジナビア航空のことから書いてあるぞ。なるほど常識と偏見か。そして、うむ、最近の差別発言事件のことも書いてあるな。「はじめに」がおもしろいや。
 で、本文。最初は「一 通信簿の愉しみ」か。この「愉」という字がいいやね。教師のサディスティックな喜びが滲み出てくる。で「二 通信簿は怪しい」が書き下ろしか。ふむふむ、『学校は軍隊に似ている』もそうだったけど、「羅針盤」の連載もこうやってまとめてみるとおもしろいもんだ。
 あれ?北原白秋の短歌が載っている。「八 あゝ日本の児童は入学の当初から呪われている」だ。確か「羅針盤」の時にはなかったよな。

君かへす朝の舖石さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ

 名作だよな。おや、それに並べて〈駅までの君を見送る暗き道しんみり泣かす冬の雨かな〉というのが載っている。(新谷休呆『林檎の感触』)とある。これは新谷センセイと関係あるのかな。そう言えば巻頭の歌も「休呆」とあったし。
 とりあえず、こいつを一冊いただくことにした。何しろできたてのほやほやだ。今回の書評はこれにしよう。副題に「学校文化史の言い分」とあるから、学校を文化史的に見ていくと学校の持っている本質的な問題が見えるということなんだろうな。しかも、「羅針盤」からさらに内容は充実して深められている。こいつで理論武装すればこわいものなし。これを一冊読めば、酒場で知ったかぶりができる。この本を一冊教室に置いておけば子どもたちの学習意欲は急上昇するね、たぶん。いや、もしかすると。
「税込みで一〇五〇円ね」
 僕はポケットから小銭を出して代金を支払った。その時机の上にかわいい新書版の本を見つけた。めくると中身は歌集であった。新谷休呆『林檎の感触』櫂歌書房 一二〇〇円、とある。
「これだ!ついに見つけたぞ」
 そしたら「相聞歌ばかりの歌集よ」と教えてくれた。そうかい、けど相聞歌って何だっけ。まあいい、著者の写真があった。知らない顔だ。そしてカバーの裏に見つけた。なんと「写真 新谷恭明」とあるではないか。新谷センセイはカメラマンだったのか。確かにすてきな写真が短歌の間を埋めている。
「こいつも買いだな」
 だけどここでは買えない。ネットで注文しよう。



☆☆☆☆ 待望の「羅針盤」発『学校は軍隊に似ている』の続編。今や福岡の学校で最も危険と言われている「羅針盤」シリーズ第二弾だ。言うまでもなく「買い」だ。今回は福岡県人権研究所「ブックレット菜の花⑯」として刊行されている。
posted by ウィンズ at 18:19| 福岡 ☁| Comment(0) | 教育史及び教育学 | 更新情報をチェックする
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