2009年09月30日

鶴田敦子『家庭科が狙われている 検定不合格の裏に』朝日新聞社 一二〇〇円+税

 今、教育は大きくいやな方向に音を立てて変わりつつある。まずは『心のノート』みたいな心理主義を背景にじわっと子どもたちの心と道徳を国家的に管理する動きだ。スクールカウンセラーなんていうのを配置しては子どもはおろか教師の心までいじりまわし、管理していこうという動きだ。この人たちの人間観や家族観は多くが古典的ジェンダー固定型のものであることをよく知っておいたほうがいい。家庭がうまくいっていないから子どもが非行化するとか、父親と母親の役割分業を強調することで子どもたちの生き方まで方向づけていこうというものだ。
 それから、新自由主義的な競争論理の中で強者には社会の指導的な地位を保証し、弱者・敗者には分相応の生き方で満足するような人材養成観が教育改革の背景にはある。で、本書の著者の鶴田さんは家庭科の専門家で家庭科の教科書執筆にかかわった人なのだ。ところがその教科書が一九九六年度の検定で不合格となったんだと。そこから鶴田さんの家庭科への危機感が出発する。この一九九六年度の教科書検定では十八点のうち四点が不合格になったんだと。殊に「家庭一般」九点のうち三点、つまり三分の一が不合格になったという非常事態が発生したのだ。理由は何か。
 それを言っちゃあ本を買わないだろうから、言わない。ちょこっとだけ言うと、国は家族に「情緒性」を強く求めてきたようなのだ。現代的家族の変化について書こうとしたら、普遍的固定的な家族像を強要してきたということなのだ。それははからずも愛国心を強要する道徳教育の流れと通底するものがあるのだ。だから、「家庭科が狙われている」という問題意識が立ってくるのだ。教科書問題は歴史とか現代社会に限定されたものではなく、家庭科という人間の生活にかかわる教科から侵入し、子どもたちを内側から国家主義に色づけていくことになるのだ。で、多少批判めいたことを言ったとすれば「やさしさ」は大切だとか、「思いやりの心」をなぜ否定するのか、と言ったジョーシキ論で返してくるにちがいない。「同和」教育もそういう『心のノート』的な道徳主義に侵されているところもあるから気をつけないとね。今、ジェンダーフリーに対するバックラッシュがすごいことなんか考えれば、家庭科は恰好の標的なんだろう。その象徴的なのが家庭科教科書に現れているのだと考えていい。

★★★★ とりあえず、家庭科が危ないのだ。ちゅうことは家庭科を何とかすれば、逆に「同和」教育も人権教育も大きく変わることができるし、強くなることができるのだ。家庭を顧みない同推諸君、がんばろうぜ。


posted by ウィンズ at 10:31| Comment(1) | 教育及び教育問題 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
中学・高校の家庭科は、もともと男女共学の選択科目でした。中学家庭科は1960年頃、高校家庭科は1970年代に入ってから「女子のみ必須」になったようです。

戦後教育は男女共学が原則であったのに、どうしてこのような事態になったのでしょうか。

その後、家庭科を男女共修にしたことで、男子から技術科教育の機会を大幅に奪ってしまったことは重大です。

本当に子どもたちのことを考えているのでしょうか?
Posted by AAA at 2013年09月20日 20:15
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