2017年05月10日

田中辰雄・山口真一『ネット炎上の研究』勁草書房 二二〇〇円+税



 SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)が急速に普及して、今やFacebookだとか、mixiだとか、Twitterなどに参加してネット・コミュニケーションを楽しんでいる人は半端なく多いはずだ。あのトランプ大統領も記者会見よりもTwitterで発言することを重視しているみたいだし、もはやSNSなしの生活は考えられなくなっているのかもしれない。意外と学校の教員はやっていないのかな。確かに教員が何か書こうとすれば、子どもたちや学校の愚痴になりかねないので、手を出しにくいのかもしれない。
 一方で、ホームページやブログを通じて自分の意見を世間に公表したり、そうした発信メディアを持たない企業、団体は信用を獲得できない時代になったと言える。
 そうしたインターネットを通じて意見を表明するわけだから、異論をもった人たちから批判的な書き込みも多々あるのは当然のことだろう。さまざまな意見のやりとりは民主主義の基本かもしれないから、SNSの普及は民主主義の発展に貢献するものかもしれない。SNSを通じて大きな政治的変革が起きた例もずいぶんとあったのを思い出すだろう。
 一方で特定の対象に対して誹謗中傷が殺到する「ネット炎上」という現象もしばしば起きている。いや、しばしばではなく、社会現象というくらいに発生していると言えるのかもしれない。それらは個人攻撃の形を取ることも多いわけで、新たな人権問題を生み出していると言えよう。
 本書はそうした「ネット炎上」を採り上げたマジメな研究書である。
 「炎上」が誹謗中傷の束であるということじたい、この現象は人権問題であることを認識しておかなくてはならないだろう。自分はSNSをやらないから、と問題を避けていたならば、重大なことを見過ごすことになるだろう。
 で、本書は「炎上」を類型化し、分類することから始めている。そして炎上の社会的コスト、炎上の参加者に分析をすすめ、実際にはどういう構造になっているのかが解き明かされていくのだ。
 じっさい、ある大学のセンセが講義中の発言を学生にSNSに流されることから炎上を引き起こしたことがあったのを見たことがある。まあ、それは一過性のものであったのだけれど、関係のよくなかった大学当局に利用されて不遇を託つようになったとも聞いている。また、同様に、別の大学の講義の内容について炎上が発生し、講義内容に変更を強いられるという問題になったこともある。ある意味では炎上を理由に物事におかしなものが介入することが起きかねないのであるが、そこは本書をよく読み、学術的な解明をすることで道が開けると言うことができる。要は炎上如きに振り回されてはならないという教訓を学術的裏付けで説明してくれているのだ。
 研究書とは言え、本書はそう堅苦しいものではなく、フツーに読みやすいし、ネットにびびっている人間にもわかりやすく説明してくれる。インターネットはもはや空気のようなものになりつつある。その空気の中にはウィルスも雑菌も含まれており、ときに感染をして病床に伏すこともあるだろう。しかし、空気なしに生きてはいけないのであり、その意味で本書は情報教育の基礎でもあり、人権教育のマニュアルでもある。

☆☆☆☆ 子どもたちの中でネットトラブルはますます増えている。その対応策のヒントが本書には散りばめられている。教師だけが取り残されないように。
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自衛隊を活かす会編『南スーダン、南シナ海、北朝鮮 新安保法制発動の焦点』かもがわ出版  二〇〇〇円+税


 
 新安保法制が成立して一年半以上が過ぎ、昨年は南スーダンに駆けつけ警護だなんだで自衛隊が派遣されたのは記憶に新しい。印象としては新安保法制が本格的に動き出したな、という実感がある。
 今さら言うのもなんだが、日本国憲法第九条というのがあって、この解釈をめぐって戦後の日本はいろんな議論をしてきた。そしてそれを横目でにらみながら自衛隊は大きくなってきたし、解釈の枠も徐々に広げられ、今や九条を変えなくてもじゅうぶんなところに来ているんじゃなかろうか。で、「もっと積極的に」というのが新安保法制だったんじゃないかな、というのがあっしの素人理解なのだが、どんなもんだろう。
 問題はここまで来てしまった日本の防衛の既成事実から何ができるか、ということだ。「何ができるか」って言ったからといって、「戦争ができる」という答えを求めているわけではないし、そんなことを期待している人間はごくごくわずかだと信じたい。
 新安保法制に
 「よくわからないが賛成だ」とほざいていたネトウヨにせよ、
 軍歌を高らかに鳴らして街宣をしていた右翼団体の方々にせよ、
 とりあえず安倍首相の言うことに賛成しておけという無条件保守派にしても、
 「尖閣諸島、竹島は日本の固有の領土だ、力尽くで死守せよ」と叫んでいた武闘派にせよ、
 中国と一戦交えたいとか、南スーダンで自衛隊の諸君に人を殺させたいとか、北朝鮮と日本海上で空中戦をしたいとか考えている人はどのくらいいるだろうか。よほど戦争で利権を得られる人(もちろん日本国内に生活拠点は持ってないだろう)か、人を殺したい人なんてそうそういるものではないだろう。今日も恙なく仕事を終えて、仲間と一杯やって、ラーメンの一杯でも啜るような生活が、空襲に怯える生活よりはずっといいと思うのだが。
 そうなるとわれわれの政治家の胸に期したところも国民の平和な生活であると思う。そのために自衛隊はいらないという人もいれば、だからこそ自衛隊が必要だという人もいる。新安保法制にしたって、そのほうがこの国の安全にとっていい選択だと考えた政治家が多かったということだろう。そんなことは考えず、自分の選挙だとか、なんらかの利権だとか、軍事産業との癒着だとか、アメリカにはものが言えないからとかという気持ちで選択した人はほとんどいなかったと思いたい。
 しかし、現実に日本の防衛をめぐる状況は新安保体制下で来るところまで来ている。私たちが現在直面しているのはしばしばミサイルを打ち上げては威嚇している北朝鮮であったり、尖閣諸島はもちろん東南アジア方面のちいさな島に手を伸ばしている中国との関係であったり、はたまたこの国の防衛範囲をめっちゃ超えていると思われる南スーダンとかにおける自衛隊がどう動けば〈国益〉に合致するのかということはリアリティのある問題となっている。北朝鮮や中国、もしくは韓国なんぞと戦争状態に入っていいことがあるかを考えたらいい。北朝鮮のミサイルが日本のどこかに落ちて戦争状態になったら北朝鮮はマジでその戦争に勝てると思っているだろうか。それこそ国家の壊滅を免れないことは承知しているはずだ。中国は経済的にも軍事的にも日本をはるかに凌ぐ国家となっている。ここでアメリカと中国が手を組んだら(「浅(あさ)海(かい)の悪夢」というらしい。これは一九七一年のニクソン訪中で現実となり、当時の佐藤内閣を震撼させたという。本書一〇八頁)、いわゆる第二の「浅海の悪夢」が現実のものとなったら、日本はどうしたらいいのか。いや、これは経済的な領域では現実化しているとも聞くし。
 物理的には遠方だけれど、南スーダンは内戦状態にあり、全く事態は沈静化していないという。その南スーダンで自衛隊が戦闘状態に巻き込まれ、「戦死者」が出たらいったいどうするのか。その時国民を護ることを誇りにしている自衛隊員諸君の大義はどう見つければいいのか。
 そういうふうに現在進行形で、南スーダン、南シナ海、北朝鮮という三つの戦争の可能性の中にこの国はあるのだ。それは現在の日本の状態から考えなければ現実的ではない。現在の自衛隊の置かれている位置、条件、そうしたものを前提に問題を考えなければ、明日の平和は危ういとは言えないだろうか。この本をまとめたのは自衛隊を活かす会は正式名称を「自衛隊を活かす:21世紀の憲法と防衛を考える会」という。単なる軍事推進派でもなく、自衛隊の後援会でもない。基本は憲法九条を護るところに原点を置いているが、そうではない人もメンバーには入っている。それだけ現実的な状況認識の中でこの三つの戦争に直面した場面をどう見たらいいのか、そしてこの国とこの国の自衛隊はなにをすべきかについて本書の中で議論されている。
 ただ、頭の中で観念的な防衛論争をする時代は終わったと言える。この国は少なくともここに掲げた三つの戦争に直面しているということをまずは自覚しようではないか。そしてこの三つの戦争が今、どういう状況にあるのか。まさに戦争に直面しているのだから、そのための戦略、いや、どうやって戦争をしないで済ますかという戦略を立てなくてはならないだろう。それは政治家に付託した問題ではなく、われわれ国民が持たなければならない意思なのである。
 ・・・国民が考えなければならないことは、戦争がなければいいのか、戦争しても勝てばいい(その場合多少の犠牲はやむを得ない)と考えるのか、あるいは、戦争のもととなる対立そのものが解決した安心状態が欲しいのかです。これは主権者としての選択です。(本書二一三頁)
 そう、選択肢がそんなにたくさんあるわけではない。本書を手がかりに考えてみよう。

☆☆☆☆ 選挙権が十八歳に引き下げられて主権者教育が着目されるようにはなった。今度改定される学習指導要領では「主体的に、対話的に、深く学んでいくことによって、学習内容を人生や社会の在り方と結びつけて深く理解したり」(『幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)』二〇一六・十二・二十一)という学びの転換が求められるようだ。この程度には生徒たちの議論の質を深められるようにしておこうではないか。 
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『低きに立つ神』(大蔵一郎解説)コイノニア社 二二〇〇円+税

『低きに立つ神』(大蔵一郎解説)コイノニア社 二二〇〇円+税

 「ルカによる福音書」の中に「善いサマリア人」の話が載っている。
 こういう話だ。
 一人の律法の専門家という人物がイエスに質問をした。
「『隣人を自分のように愛しなさい』と律法には書いてあるが、わたしの隣人とは誰ですか。」と。
 それに応えてイエスは一つのたとえ話をはじめた。
「ある人が追いはぎに襲われて、身ぐるみを剥がされ、半殺しにして立ち去ったのだな。そこを神に仕える祭司やらレビ人やらが通りかかったんだが、その人を見ると二人とも通り過ぎてしまった。しかし、一人のサマリア人が彼を介抱し、宿屋に連れて行き、宿代まで支払ったんだと。」
 イエスはここまで語ると、律法の専門家に問うた。
「さて、あなたはこの三人の中で、誰が追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うかな。」
 律法の専門家は答える。
「その人を助けた人です。」
 そこでイエスは言った。
「行って、あなたも同じようにしなさい。」

 これは聖書の中では非常に有名な話なのだ。よく「汝の隣人を愛せよ」というフレーズが使われるが、出所はここだ。問題は誰が「汝の隣人」かということである。それは思いつきで慈善を行うことではない。先日、この本の著者の一人である犬養光博氏のお話を聞いたが、彼はカメラマンの岡村昭彦がよく使っていた「同情は連帯を拒否した時に生まれる」という言葉から「汝の隣人」を説明してくれた。同情ではなく連帯なのだと。そしてこのサマリア人にとって追いはぎにあった人が隣人なのではなくて追いはぎにあった人の隣人がサマリア人なのだと。
 つまりは「わたしの隣人は誰か」という連帯を拒否した問いではなく、「わたしは誰の隣人となるのか」と問うべきなのだ、と。
 本書は六人のキリスト者が日本社会の辺境と向き合い、辺境の民と連帯して生きてきた歴史を書き綴ったものである。その辺境には同和教育や、解放運動が露わにしてきた「差別の現実」が横たわっている。辺境という言葉が適切かどうかはわからない。しかし、そこがキリスト者にとって隣人となることができる境界であり、敢えて辺境という言葉で本書を紹介したい。
 本書はまず伊藤之雄の「問いかける神」という章から始まる。伊藤は教会のもつ知的・プチブル的な教養主義に疑問を懐き、「裸の人間とふれ、自分も裸の人間になり、生きたキリストを信じるには、この家族と階級のなかにいてはだめだ」と思い、山谷に入って労働者となるところから「隣人」をはじめたのだ。伊藤は山谷に隅田川伝道所を開いて活動をはじめた翌年の一九六七年にこの文章を書いた。そして伊藤は本書が編纂されるずっと前の一九八〇年に亡くなっている。だから本章は「山谷1967」という位置を与えられている。
 この伊藤の文章に倣い、五人のキリスト者が己と己のかかわってきた辺境について語るという構成になっている。
 その五人とは岡田仁「苦界に座す神」(水俣)、犬養光博「おらぶ神、黙す神」(筑豊)、菊池譲「痛む神」(山谷)、小柳伸顕「共なる神」(釜ヶ崎)、渡辺英俊「地べたに在す神」(寿町)である。それぞれが伊藤の遺産を引き継ぐかのようにそれぞれの辺境とそれぞれの生きてきた道を語る。一つ一つの「隣人」としての歴史は重たい。それを要約することはおそらくは何の意味もあるまい。重要なことは彼らはみな伊藤が直面した教養主義的なキリスト教に対する批判のまなざしを受け止めることになった者たちだということだ。
 それぞれの章の名に記された神の名はそれぞれの辺境に住む個性豊かな神たちである。一神教であるキリスト教に「神たち」もないものだが、まぎれもなく辺境の人たちの「隣人」となろうとしたキリスト者たちはそこに神の言葉を見出したのである。
 水俣、筑豊、山谷、釜ヶ崎、寿町。これらの辺境でキリスト者は磨かれ、キリスト教は救いを必要とする人間のものとして再生されることになったのだと思う。キリスト教徒であるならばおのれ自身のキリスト教を問い直すには格好の本だろう。他の宗教を以て信仰とする者も同様であろう。いや神を必要としない唯物論者であれ、ヒューマニストであれ、何らかの信条を以て生きる者は本書を通しておのれの信条と生き方を問い直してみることができるだろう。なぜならば、この国には追いはぎに襲われた人、つまり社会の矛盾の中で呻吟する人間がいて、一方で「知的・プチブル的な教養主義的」な自分がいることを知らされるからであり、その自分自身が試されることになるからだ。おまえはその人たちの隣人たり得るのかと。
 おっ、ちょっと熱くなってしまったか。
 まあ、いい。たまにはおのれの生き方を深く掘り下げてみよう。私たちは日々それぞれの職場で働きつつ生きている。何もここに登場したキリスト者たちのようにわざわざ辺境の地に赴く必要はない。しかし、私たちの仕事は日々子どもたちと出会い、つながりを持って行くことではないか。差別と被差別の現実はそこにあるのだ。そして、あなたのかかわりが被差別者への同情なのか連帯なのか。果たして自分は子どもたちの「隣人」として存在しているのか。人権・同和教育にかかわるあなた自身に問いかける一冊だ。



☆☆☆☆☆ 福岡の教師なら、まずは犬養光博の「おらぶ神、黙す神」を読んでみようか。さて、何を見つけられるか。
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菅野完『日本会議の研究』扶桑社新書 八〇〇円+税

菅野完『日本会議の研究』扶桑社新書 八〇〇円+税


 この本が出たとき、あたしはいつものようにネットの量販店で買おうとしたのね。そうしたらなんと二九九九円とかいうお値段がついてたのね。定価八〇〇円の新書ですよぉ~。ありえないお値段でしょ。それというのも、この本が売れている、品切れだ、印刷が追いつかない、みたいなことが新聞だったか、テレビだったかで騒いでいたから、ほれ、この書評欄のこともあるでしょ。すぐに注文しようとしたらまさに品薄状態だったのね。二九九九円といえばほぼ三〇〇〇円よ、足下を見られたってこういう感じね。にしてもよ、新書本でこの値段、それはないでしょ。
 でもね、SNSのお友だちでマジでその値段で買った人がいたわ。
「その値段でお買いになったの?」ってお聞きしたら、
「情報はスピードが命です。値段には代えられません」
ですって。
 あたしは、一呼吸おいて別のネット通販で見つけた。二週間くらいかかったけれど、定価で買えたわ。
 こんな前置き長々と書いたのはそれだけ社会現象だったからよ。社会現象になったのはそれだけ多くの人がこの組織について知りたかったからなのね。この組織、そう日本会議よ。
 この本が出てから選挙があって安倍内閣が再び再編成して発足したけど、また日本会議のメンバーが増えたっていうことじゃない。安倍首相はじめ、閣僚の大半と言ってもいいくらいの人が日本会議国会議員懇談会のメンバーなのね。それだけじゃない。民進党、維新なんたらの野党にもメンバーがいるというすごい組織ね。
 ということはこの日本会議が事実上日本の政治、というより、このところ右傾化していると言われる日本の社会を動かしていると言ってもいいわけよ。そのわりにこの日本会議を誰が作ったどういう組織なのか、誰も知らないのよね。
「気づかなかった」
「怪しい」
「名前からして公的な組織かなあ」
「右翼団体かも」
「政党ではないだろうし」とかなんとか…
 邪推と憶測だけは広まっていたようなんだけど、実体はよくわからない。ただ、保守派というより安倍政権に浸食している右寄りの組織だということだけは想像がつくでしょ。
 で、この本が出たとたん、日本会議は発行元の扶桑社に出版停止の要求を申し入れたのね。国家権力に近い組織が民間企業に恫喝まがい(出版停止ってそういうことよね)の申し入れをするって、最近多いような気がするのはあたしだけかしら。で、おもしろいことにこの扶桑社はご存知のようにフジ・産経グループの「右」系の出版社で例の「つくる会」の教科書なんかも出していた会社なのね。それもあって世間の卑俗な興味を煽って市場価格が暴騰したということかな。
 ねっ、それだけで読んでみたくなるよね。腰巻き(本に巻いてある帯のことをそう呼ぶ)の表には
 「右傾化」の
     淵源は
  どこなのか?
 「日本会議」
    とは
  何なのか?
 と大文字のコピーが目を引く
 裏側には
  市民運動が嘲笑の対象にさえなった
  80年代以降の日本で、
  めげずに、愚直に、地道に、
  そして極めて民主的な、
  市民運動の王道を歩んできた
  「一群の人々」によって
  日本の民主主義は
  殺されるだろう―
と、挑発的で謎めいたキャッチコピーに惹かれないわけがない。
 で、読んでみるとこれが面白い。まるで推理小説を読んでいくような
 ネタバレになるから慎重に書くよ。なんせ推理小説みたいなんだから。
 まずは日本会議とは何かを概述したあと、歴史をざざっと遡る。遡っていくとあの一九六〇年代後半の学生運動に行き着くのよ。しかも、その種子は九州で芽を吹いているんだから、驚きでしょ。そして「元号法制化運動」を始めたのが日本会議の原点らしいのね。それ以上は教えない。だってとてもスリリングな謎解きなんだから。
 それから日本会議の戦略が語られる。それもさっきのキャッチコピーにあったように、愚直で地道で、極めて民主的で、まさしく市民運動の王道を歩むやり方で憲法改正が可能なところまで世の中を動かし、ケント・ギルバートや百田尚樹といったタレントを動かして運動を盛り上げていく段取りが描かれていく。まさに市民運動の王道であり、言い換えれば草の根のファシズムそのものだと言えるのかもね。この手法は、反対の立場の人たちも学ぶべきよ。その意味では社会運動の教科書みたいに読んでもいいのかもしれないわね。
 そして腰巻きの裏に書いてあった「一群の人々」について語られる。これは最終的な謎、つまりこの日本会議の運動を生み出した「淵源」は誰かという謎を解き明かしていくの。
 ここは日本会議が潰したかった部分なのね、きっと。ここには五〇年の現代史の底に流れていた人間の怨念というか、情念というか、まあ、読んでみて。下手な小説以上に面白いし、日本会議が出版停止を申し入れたのもさもありなん、ね。

☆☆☆☆ 今、この国がどこに向かっているのか。そしてそれを動かしている「一群の人々」とは何者であり、何が狙いか。安倍晋三はただのあやつり人形にすぎない、のよ。
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木村玲欧『戦争に隠された「震度7」』吉川弘文館 二〇〇〇円+税


 四月十四日の夜ね。ちょうど職場の飲み会の帰りに小倉発九時二十七分発の電車に乗って発車を待っていたときに
「地震です、地震です」
という声が車内のどこかで鳴っていた。声が鳴るというのもおかしな話なんだけど、わかりますよね。たぶんどなたかの携帯の緊急災害情報が反応したのね。車内はそんなに混んでなかったのだけど、乗客のみなさまがたはそんな声は気にしないでキャーキャーおしゃべりに興じているご婦人たちの集団の他は静かに押し黙ったままなのね。わたしは携帯電話を職場に忘れてきてね、ちっとも状況がわからなかいのが不安だった。
 で、「さあ、来るよ!」と待ちかまえていたら、ぐらぐらっときた。でも、それ以上ではないという感じだったし、あの賑やかな集団は地震のことなんてひと言も話題にせずに賑やかなおしゃべりを続けていたし、電車は二〇分くらい遅れて発車したので、
「たいしたことはなかったのかな」
と思ったんだけど、帰ってニュースを見てそれはそれは驚いたわ。小倉で感じる地震と熊本で起きた地震の差というのはこういうことなのね。
 地震に限らず災害というのは特定の地域にダメージを与えるけどちょっと離れればどうということのない問題なのね。でも、熊本といえばいっぱい知り合いもいるし、心配になるじゃない。それで、余震の速報が入るたびにテレビを見るでしょ。そしたら変なことに気づいたの。鹿児島に知人がいるので、鹿児島の揺れも気になってたんだけどテレビに映るのは鹿児島以北の九州の地図なのね。
 で、鹿児島の知人に電話したら、
「こっちもかなり揺れてるわよ」
ということだった。
 その時、思い浮かんだことがある。原発よ、川内原発。あれがだいじょうぶかどうか気になってテレビの画面を見直すとちょうど南側の隠れたギリギリのところなのね。メディアは川内原発が存在しないとは言ってないけど、熊本の地震を報道するときに川内原発は見せたくないのね。そうかどうかはわかりませんが、そう思われても仕方ないわよね。
 どっかの放送局の籾井会長が局内の災害対策本部会議で、
「住民の不安をいたずらにかき立てないよう、公式発表をベースに伝えてほしい」などと発言したんだそうな。このことを参院総務委員会で質問されて、
「川内原発の問題については、いたずらに不安をかきたてることがあってはならない」
と改めて主張したんだって(『朝日新聞デジタル』2016.5.11 5:00)。
 それって、国家権力にとって都合の悪いことは知らせないということよね。
 で、この国には以前も似たようなことがあったんだ。平和教育やなんかで、戦争で日本は空襲やらなんやら被害を受けたことは教わってきたし、教えられてきた。でも、それらは戦後そんなことがあったんだって事実がわかってきてから共有化されたことなのよ。原爆だって最初は小さな記事だったみたいだし、その実体が明らかに報道されたのは戦後何年か経ってからだって、このあいだある人から聞いて驚いた。
 そしてさ、この本を読んでびっくり。あの戦争の終盤の昭和十九年十二月七日に東南海地震、さして年の明けた昭和二十年一月十三日に三河地震という大地震があったことをみんな知っているかしら。
 東南海地震はマグニチュード七・九の海溝型地震で、震度は七、死者・行方不明者は一二二三人だというし、三河地震はマグニチュード六・八の直下型地震で、死者は何と二三〇四人にのぼる。こんな大地震なのにみんな知ってた?
 本書は二〇一四年の発行です。本書を書いた木村さんは阪神・淡路大震災の研究をしていた人で、名古屋大学に勤めていた頃に愛知県内で阪神・淡路大震災の講演をしたんだそうです。その時に聴いていた人から、
「阪神・淡路大震災は自分たちとは関係ない」
「愛知県ではそんな大きな地震は起きたことがないし、これからも起きることはないだろう」
というような反応を得て驚いたのだそうな。なんと地元ですらその史実は忘れられていたということなのね。
 著者の木村玲欧さんは「情報学」が専門なのでそういう観点からこの本を書いている。地震がどのように隠され、また報道されてきたのかということを歴史的に振り返り、過去の記憶(体験談)を掘り起こし、そうした過去から何を教訓とすべきかということが書かれているし、すごい刺激的ね。情報を伝えていくことの大切さと、伝えないことの怖さを痛感しましたよ。
 でね、山下文男『隠された大震災―太平洋戦争史秘録』(東北大学出版会)も同じ地震について書かれた本で、合わせて読んだけど、これもおもしろかった。歴史の本として国家の隠蔽を告発しているのでぐいぐい引き込まれましたね。大学の出版会の発行だからお堅い本かと思ったらとんでもなく読みやすい本でした。こっちも紹介したかったけれど、実は二〇〇九年刊行でちょっと時間が経っている。でも、東北大学・・・でしょ。東日本大震災の直前だったのね。ちょっと哀しすぎるな。でも読んでください。


☆☆☆☆ 日本の報道の自由度ランキングは今年は七二位まで下がったそうな。二〇一〇年に一〇位だったのに、昨年は六一位、そして七二位。そういう時代だからこそ読んでおくべき本ね。 
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学校沿革史研究部会;山谷幸司・米田俊彦 学校沿革史の研究 高等学校編1、2


 本書は野間教育研究所紀要第50集及び第57集として刊行されたものである。野間教育研究所で2000年10月に立ち上げた「学校沿革史」研究部会が、高等学校および大学の沿革史の研究をおこなってきたが、2008年7月にその成果として『学校沿革史の研究 総説』を刊行、次いで2011年9月に『学校沿革史の研究 高等学校編1 長野県の高等学校沿革史』、2013年7月に『学校沿革史の研究 大学編1』が、そして2015年8月に『学校沿革史の研究高等学校編2』、2016年2月に『学校沿革史の研究 大学編2』が刊行された。『総説』の「はしがき」によれば、「学校沿革史という作品がもつ教育史研究、歴史研究の側面について、その成果を確認し、評価してみようという趣旨」に基づくものであり、「評価の観点や基準を示すことができれば、今後編纂される学校沿革史に対して編纂の指針を提供することができるであろう」という目的が示されていた。であるから、総説、大学編も含めて紹介するのが妥当なのかも知れないが、本稿ではこのうち高等学校編について紹介しておくことにとどめることとする。
 前述のように『高等学校編1』は2011年の刊行であり、米田俊彦の単独執筆である。それから4年を経て『高等学校編2』の刊行となった。こちらは山谷幸司と米田俊彦の共同執筆となっている。「学校沿革史」研究部会の方針では高等学校沿革史においては(1)都道府県単位の比較分析、(2)テーマ別比較分析、(3)個別沿革史の検討という枠組みを設定している(『高等学校編1』「刊行に際して」)。
 『高等学校編1』は「長野県の高等学校沿革史」とサブタイトルが付されているように長野県を事例に「都道府県単位の比較分析」を試みた結果(5頁)である。長野県に限定したのは東日本大震災により宮城県担当の山谷氏が執筆できなくなった所為で、「宮城県については、高校沿革史の「(2)テーマ別比較分析」「(3)個別沿革史の検討」の検討結果を刊行する際に合わせて収録することとした」(「刊行に際して」)という。『高等学校編2』はそういう位置づけで執筆されたと考えたい。『高等学校編1』では長野県の高等学校沿革史についての概要を一覧できるようにした上で前身校が中学校、高等女学校、実業学校などの種別ごと、および「複数(異種)の学校を統合」したもの、戦後創立の高校、私立高校に類型化し、比較分析を行おうとしている。各沿革史の内容の特徴が簡潔に抽出されていて、それらを読み比べるとなるほど各沿革史の編集方針や姿勢のちがいはよくわかる。「おわりに」では類型別の比較分析のまとめがされているものの、これから沿革史を編集しようとする人間から見れば、読者自身の比較の眼に期待する部分も大きいと思う。それだけ的確に各沿革史の特徴が抽出されているので、新たに高校沿革史の編纂事業に取り組む高校があるならば、参考になる事例は類型を超えて存在すると思う。
 『高等学校編2』は大きく2部に分けてある。第1部は「都道府県単位での沿革史の比較」であり、第2部は「テーマ別比較分析」である。第1部の第1章が宮城県第2章が神奈川県を扱っているが、宮城県については6校のそれぞれの沿革史の編纂方針、構成と内容が要約されている。一方、神奈川県については旧制中等学校を前身とする県立高校という制限がつけられ、まずはそれらの沿革史の概要が網羅的に展開され、次いで通史的叙述が充実している横浜緑ヶ丘高校、川崎高校、鶴見高校の3校に絞って比較分析をおこなっている。第2部のテーマ別比較分析は長野県の定時制課程、神奈川県の男女共学という二つのテーマ別の検討をおこなっている。戦後のある時期、定時制課程は青年教育において重要な役割を果たしてきたはずである。本書では長野県に限ってはいるが、定時制課程の沿革史を並べてみていくことで戦後史における定時制課程の存在感が伝わってきた。また、男女共学も戦後〈民主〉教育の華であったが、沿革史の記述を比べて見ていくとそこに良いも悪いも戦後教育の衝撃が浮かび上がってくる。まさしく男女共学は戦後教育のもっとも大きな衝撃ではなかったか。それが沿革史の叙述を並べていくとすごみを帯びてくるからおもしろいものである。
 ところで、比較分析の手法が執筆者によって異なるのは地域の特性の所為なのか、執筆者の趣味なのか。読む方としてはもう少し整合性がほしかった。また、当初想定されていた(3)個別沿革史の検討といった枠組みはどこへ行ったのか。宮城県に関していえばそれに相当するものと考えていいのか、明確ではなかったと思う。しかし、本書が多くの沿革史編集者の手元に置かれることで、これからの高校沿革史編纂事業は確かな土台を得たということができよう。

財団法人 野間教育研究所 2011年9月発行 A5版 232頁 5,000円
公益財団法人 野間教育研究所 2015年8月発行 A5版 295頁 5,000円
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辺見庸『1★9★3★7』金曜日 二三〇〇円+税



 『1★9★3★7』と書いて「イクミナ」と辺見庸は読ませるのだ。なぜかって?まずはその一九三七年と言えば、夏に盧溝橋事件が起き、年末にはあの南京事件、いわゆる南京大虐殺が行われた年だった。おっとここで何かいいたがる御仁も出てくるであろう。昨年、南京の資料館が世界遺産になったときに日本の閣僚たちが渋い顔をしていたのを思い出してほしい。かれらはブツブツと何かほざいていたが、公式声明は出さずに不本意な顔をしていた。
 何でか。
 かれらはあのことをなかったことにしたいからだ。しかし、あったことはなかったことにはできないので、大きな声での否定はできなかったということだった。
 世間には南京虐殺がなかったと言う「愛国者」、もとい歴史修正主義者が多々いる。歴史修正主義というのは、なかったことをあったことにする、ないしはあったことをなかったことにする人たちのことを言う。
 なかったことをあったことにするというのは神話を歴史にしたがったり、「江戸しぐさ」みたいに昔はいいことがあったにちがいない、というでっち上げのことだ。
「昔はもてたのだ」という中年のおっさんの自慢話のようなものかもしれない。その程度では特に傷つく人もいないから笑ってすませられるが、そこに具体的な女性の名前や初めて聞く子どもの名前が出てくればただではすまないかもしれない。もしかすると骨肉の争いに発展するかもしれないからだ。
 一方、あったことをなかったことにしたがるのは、過去に起きたことが不都合だと思って変えたがる人たちのことだ。誰でも自分のまちがいは隠そうという意識はあるだろう。先ほどの例で言えば、過去は清算しておきたいものだからだ。一九三七年当時、日本はなぜか中国にいた。中国のおかれた国際的な立場はあった。なぜか日本も便乗してそこにいたのだ。そして盧溝橋事件みたいなものが起きる。誰が原因か、というのは歴史的には問題のすり替えだ。なぜそこにいたのかというほうが問題だからだ。自宅でだれそれに殴られたというときに、どちらが先に手を出したかということより、その誰それがなぜそこにいたのかというほうが問題であるにちがいない。
 多くの兵士たちが南京に行って、いいお兄さんのままで帰ってきたわけではないだろう。辺見庸は主語を明確にしてこの年のことを問う。
「父祖たちはおびただしい数のひとびとを、じつにさまざまなやりかたで殺し、強姦し、略奪し、てっていてきに侮辱した」(16頁)と。
 えっ!そんなことはなかった、って? そんな虐殺はしてない、って?
 それでは、あの「百人斬り競争」の記事が「皇軍」兵士の誇るべき武勇談として、写真入りででかでかと載っていたではないか(18頁)。と言うと、「あれは捏造だった」とか「あれは誇張だった」とか言う声が上がる。そうしてコトをなかったことにしたい人々の不都合が問題なのだ。「日本国の名誉を守りたい」①と言う人もあるだろう。しかし、このことが武勇談として新聞記事となり、国民はそれに何の異論も唱えずに喝采を送り、本人たちも戦後になるまでは否定しなかったことは何を意味するのだろうか。
 辺見庸は言う

自らの父親について問う。
「こいつは人を殺したのか」と。
 父親は何も語ることはなかった。辺見庸はそこに人間の闇を見る。その闇を描いたのは描くことでしか、生きることが出来なかった小説家であったのかもしれぬ。辺見庸は本書を書いた理由を次のように述べる。
・・・わたしじしんを「1★9★3★7」という状況に(ないしはそれと相似的な風景)に立たせ、おまえならどのようにふるまった(ふるまうことができた)のか、おまえなら果たして殺さなかったのか、一九三七年の中国で、「皇軍」兵士であるおまえは、軍刀をギラリとぬいてひとを斬り殺してみたくなるいっしゅんの衝動を、われにかえって狂気として対象化し、自己を抑止できただろうか―と問いつめるためであった。おまえは上官の命令にひとりそむくことができたか、多数者が(まるで旅行中のレクリエーションのように、お気楽に)やっていた婦女子の強姦やあちこちでの略奪を、おい、えまえ、じぶんならばぜったいにやらなかったと言いきれるか、そうしている同輩を集団のなかでやめさせることができたか―と責問するためであった。(19頁)
 こういう辺見庸の問題意識をまずは共有しようではないか。辺見庸は多くの、いや殆どの当事者が語らない事実に迫っていく。辺見庸はそこに人間の闇を見る。闇は闇のままにしておきたいものだろう。辺見庸はその闇をひるむことなく読み解いていく。そして自身の父親をうたぐり、ついに父親の体験にまで迫るのだ。父親もまた黙して語らずに戦後を生きて来たのだが、その言葉の端に体験したものでしか口にできないことを辺見庸は見出す。
 思えば、僕の友人が言ってた。自分の父親となにかのはずみで戦争体験の話になったときに見た父親の目の昏さに、「ああこいつは人を殺したことがあるな」と感じたそうだ。どういうかたちで感じたのかはわからないが、辺見庸の場合は具体的な言葉を引き出してしまった。
 そう、言葉なのだ。事実を歴史の闇の中に隠蔽したとしても、体験者の言葉のはしはしに事実の記憶がついてくるのだ。それを辺見庸は戦争文学の中から拾い出し、体験者の発言から引き出してくる。「生肉の徴発」「シトツ」「ツンコピン」「スリッパで殴る」というような言葉が実際に現実を記憶する言葉としてあらわれてくるのだ。なかったことならばありえない言葉として。
 本書はわれわれ自身に強く問いかける。じぶんだったら、そこで何をするだろうか。戦場に行ったら何をするだろうか、と。そこには自分の自由選択の場はない。そこには「敵」なる人間と親しく交際する場はない。殺しあう場であり、自軍が優位になれば殺す一方の場になる。それはその場にいる人間一人の責任ではないのだが、行為に対する報いは個人に返ってくる。「皇軍」兵士として敵兵を殺したとしても、一人の人間を殺したことは個人のしたこととして。「皇軍」兵士として強姦や略奪に荷担したとしても、やった自分というのは消えることはない。みな自分のしたことを自分で引き受けなければならないのだ。だから人間はそうした記憶を闇の中に葬ることにする。いつか若き愛国者たちが、「父祖たちは悪い人たちではない。此の国は良い国だから、そんな非道いことをするはずがない」と自分のしたことをなかったことにしてくれる日が来るときを待って。
 そしてこの状況は今もあちこちで続いているのだし、わたしたちが再び体験しかねないことでもあるのだ。
 
☆☆☆☆  歴史というのはかくかくしかじかの出来事がありましたよ、と並べてみせるものではない。歴史を作り、歴史の中で生きて来た人間の記憶の中に染み込んでいるものなのだ。その記憶が消えて行くにしたがって、なかったことにしたい事情を抱えた人々があらわれる。此の国を愛するのならなかったことにするのではなく、起こらないようにすることがたいせつなのだから。そしていったん犯してしまった罪はひとりひとりの兵士の中で消えることはないのだから。
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加藤陽一『キーワードで考える 部落問題はじめの一歩』公益社団法人福岡県番犬研究所 一〇〇〇円+税



「もしもし、あ、おかあさん、今度学校で部落史の授業やるって言ってたでしょう。でも部落史って難しいよね。そこでね、授業の準備にとっても便利な本が出たんだ。『キーワードで考える 部落問題はじめの一歩』っていうの。近世政治起源説とか、賤民廃止令とか、水平運動とかね。そういうよく知らなかった言葉を目次から探すと部落史の基礎知識がわかるようにできているんだ。そうそう部落史だけではなくてね、同和対策事業とか、地名総鑑とか、全国統一応募用紙みたいな戦後の部落問題や同和教育にかかわる言葉や現代の人権問題でよく使われる言葉もキーワードとして載っているから人権の授業や研修にはすごく役に立つ参考書だと思うんだ。ほら、知っているようでいて、きちんとは説明できないみたいな、そういう言葉があるでしょう。C・S・Rみたいな。そういうのも載っているんだから、親切でしょう。そうしたキーワードから部落問題の知識がていねいに説明されているから、まったくの初心者でもすぐにわかるし、おかあさんみたいなベテランの教師でも便利に使えるんだ。それにね、これはブックレット菜の花シリーズのいちばん新しいものだからわかると思うけど、邪魔にならない大きさなので持ち運びにもいいと思うの。だから授業の準備じゃなくても、いつでも読める読み物としてパラパラっと目次を開いて気になるキーワードからそこを見れば簡潔にわかりやすく、それでいてけっこう詳しく書いているので読むのにかまえる必要はないの。読みたいときに読みたい箇所を拾い読みしていけばいいから、おかあさんみたいに時間のない人にもいいみたい。そしてそれぞれの項目の中を読んでいくとまたまた要注意のキーワードが太字になっていて、次の学びがしやすくできているのね。そうそうこの本を書いた加藤陽一って人は北九州市で中学校の先生をしてきた人で北九州市の同和教育を引っ張ってきた人みたいよ。そうそう加藤さんが部落問題と向き合ってきた歴史も第二部で『識字学級三十年』としてまとめられているのね。もちろんこちらは六十頁くらい通して読まなくてはいけないから、ほら通勤のバスの中で読むといいかもしれないよ。えっ、車酔いするんだっけ?それなら寝る前にベッドで読むのがいいかな。加藤さんが歩んできた道っておかあさんの教師歴と重なるんじゃないかな。でも加藤さんの部落と向き合ってきた生き方ってすごいよ。ついつい引き込まれて読んでしまった。そうそう注文はお近くの書店に申し込むのもいいし、福岡県人権研究所に直接注文するといいよ。電話番号を言うからメモしてね。〇九二ー六四五ー〇三八八。〇九二ー六四五ー〇三八八だよ。パソコンが使えるならネットで注文するのが便利だからこのアドレスを検索するといいから書き留めておいてね。福岡県人権研究所の注文フォームだけど頁のずっと下の方だから探してみることね。
http://www.f-jinken.com/books.html

☆☆☆☆ 「そうそう忘れてた。福岡県人権研究所のブックレットはこれで十九冊目。本書を買うのを機会にいろいろ合わせて買ってみるのもいいと思うよ。ネット注文は簡単だよ。」
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原田実『江戸しぐさの正体―教育をむしばむ偽りの伝統』星海社新書 八二〇円+税



 道徳が教科化されるっていうし、『心のノート』はそのための教科書の準備みたいなかたちで『私たちの道徳』というガッツリした本となって手元にあるはずだ。その文部科学省著作の『私たちの道徳 小学校五・六年』を開いてみよう。その58頁に「江戸しぐさに学ぼう」という教材が載っている。
〈江戸しぐさ〉
 聞いたことあるだろうか。当然、聞いたことのある人は知っているし、聞いたことのない人は知らないだろう。だけど着実にあちこちで企業の研修なんかでもてはやされているらしい。
 『私たちの道徳』ではまず、「三百年もの長い間、平和が続いた江戸時代に、江戸しぐさは生まれました。江戸しぐさには、人々がたがいに気持ちよく暮らしていくための知恵がこめられています。」と紹介されている。なんとなくひかれるではないか。そして「かた引き」、「こぶしうかせ」、「かさかしげ」、「おつとめしぐさ」という四つの〈江戸しぐさ〉が枠囲みで紹介されている。どういうことかというと、たとえば「かた引き」というのはせまい道で人とすれちがうときに互いに右の肩を後ろに引いて相手にぶつからないようにすることであり、「こぶしうかせ」というのは複数の人が一緒にすわるとき、一人でも多くすわれるようにみんなが少しずつ腰を上げて場所を作ること、なのだそうだ。
 大都市であった江戸でお互い仲良く暮らしていくためのちょっとした心遣いなのだそうだが、どこかで聞いたことのあるような表現だなと思ったのですな。
 そう言えばわが愛読書の池波正太郎の『鬼平犯科帳』(文春文庫 全二十四巻 時価)に似たようなのが出てくる。「お勤め」、「急ぎ働き」、「嘗め役」、「引き込み」、「盗人宿」といった用語だ。これらを『江戸時代語辞典』(角川学芸出版 二二、〇〇〇円+税)で引いても全く出てこない。主人公の鬼平こと火附盗賊改長谷川平蔵は実在の人物であるが、小説はもちろん池波正太郎の創作であり、ここに出てくるもっともらしい用語はすべて池波正太郎が小説にリアリティを持たせて作った造語であるからだ。
 ほら、なんとなくひびきが似ているだろう。「江戸しぐさ」もまた学術的著作のどこにも出てこない。ふつうこの段階で怪しいと気づいてもよさそうなものだが、この表現のもっともらしさが落とし穴なのだ。そういえば、この池波鬼平用語を実際に江戸時代に使われていた言葉だと信じ込んでいたのが友人にいる。笑ってしまうが、そこに池波正太郎の凄さを見てしまう。
 〈江戸しぐさ〉も似たような江戸っぽい表現なのだが、鬼平が小説として書かれ、時代劇として上映されていたのとは異なり、こちらは事実として語り、広められていることだ。それで、研修などという名目で一儲けしているのだろう。もとい江戸商人の行動哲学だという触れ込みだから、企業なんかじゃニーズがあるんだろう。
 ところで、だ。私たちはいろんなガセネタにだまされたことがある。霊感商法、血液型と性格、体型と民族の優秀性、野菜スープで癌が治るなど、どこかで聞いたことがあるだろう。まことしやかに人の心の隙間に入ってくるこうした嘘も罪のないものならば問題はない。有名な血液型と性格についても、それで楽しんでいるうちはいいが、ブラッドタイプハラスメントのようなものになってしまえば、問題だろう。例えば、「AB型の性格は嫌いなのでつきあわない」などというふうに使われれば、血液型と性格というガセネタは放っておけるものではなくなる。つまり、笑ってすませられる話と笑えない話とがあると言うことだ。
 で、この〈江戸しぐさ〉だが、江戸時代の史料や文献など、どこを探してもそういう言葉は出てこない。不思議だろう。で、著者の原田氏はそこを徹底的に調べ上げてこれが〈偽史〉だと断定する。〈偽史〉であるということは何らかの作為があって歴史が捏造されたということだ。それは池波正太郎が長谷川平蔵という実在の人物をおもしろおかしく脚色して小説にしたのとはわけがちがう。『鬼平犯科帳』を読んで、「これは嘘だ!」と怒る人はいない。池波正太郎も「これは史実だ」とは書いていないし、あくまでエンターテイメントとして書いた小説だ。しかし、〈江戸しぐさ〉は・・・・
 〈江戸しぐさ〉は芝三光という人物によってつくられた偽史であると本書は解明している。偽史であるということは霊感商法のように特定の価値観に人を騙して導く、それは知的犯罪だと言っていい。その特定の価値観とは、本書によれば芝氏の育った昭和戦前期の生活感に基づいたもののようだ。ということは教科化を迎えようとしている道徳はそのような価値観を子どもたちに刷り込もうと考えているように思われる。
 実際、〈江戸しぐさ〉は『私たちの道徳』だけではなく、何種類もの道徳の副読本に載り、なんと検定済みの『中学社会 新しいみんなの公民』(育鵬社)という教科書にまで載っているのだ。しかもこの教科書は採択をめぐって大騒ぎになったことで記憶に新しい。そして、子どもたちの道徳をむしばんでいくことになる。この背景には「自民党=安倍晋三ラインの支援を受ける形で教育現場に広まっている」という動きがあることも本書は指摘しているのは興味深い。
 偽史に対して正史という歴史がある。これは正しい歴史という意味ではない。正史とは「国家が編纂した正式の歴史書」(『広辞苑』)である。つまりは国家を正当化する歴史であって、戦前の正史というのはもちろん皇国史観に基づいた歴史観である。それがどういうものであったかおわかりであろう。そのためには〈江戸しぐさ〉が偽史であることを見破るわざを本書から学ぼうではないか。


☆☆☆☆ まあ、文科省や育鵬社が勇み足をしちゃったけれど、検定はそれを認めてしまったことは恐ろしいことだ。監視の目をゆるめないことだな。
 
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伊勢崎賢治『本当の戦争の話をしよう-世界の「対立」を仕切る』朝日出版社一七〇〇円+税


 これを書いている今、集団的自衛権が憲法違反だけど、そんなこと関係ねぇ、などと豪語する政権にいる方々が話題になっているけれど、この『ウィンズ』が読者諸氏の目に触れる頃はどうなっているのだろう。もし戦争が始まっていたら(笑)、まさにタイムリーなんだけどね。よく言われるのは戦後生まれが首相になるようになったことは大きな変化だってこと。つまりは戦争の体感が戦後生まれの人間にはないということで、まだ、いくぶんか「戦後」の空気を嗅いだことのある人も老人になりつつあっておおかたの日本国民は戦争を体感したことのない人々ばかりになってしまった。だから、「戦争しようよ」と言われても,ピンと来ないのはしかたがない。そんないささか、きなくさい昨今であるが、本当の戦争が近づいている気がする時には本当の戦争について知る必要があると思うのだ。
 しかし、「防衛省は27日の衆院平和安全法制特別委員会で、特別措置法に基づきインド洋やイラクに派遣された自衛官のうち54人が自殺していたことを明らかにした。内訳はインド洋で海自25人、イラクでは陸自21人、空自8人の計29人。」*1と、本当の戦争を見てしまった人の心は相当のダメージを受けてしまうことは確かなようだ。そうした方々の話を聞きたいとは思うけれど、自衛官が本当の戦争の話をぺらぺら語るのは職務上無理があるだろうし、僕もそれほど野暮じゃない。ということで又別の立場で本当の戦争を見てきた人の話を聞いてみようではないか。
 本書の著者伊勢佐木賢治氏は東京外国語大学教授と肩書きがついているが、元は建築家を志していた人だ。それがインドでスラム住民の居住権獲得運動にかかわってしまったところから国際的な仕事に携わるようになり、国連PKOの仕事として東ティモール暫定政府の知事とか、シエラレオネやアフガニスタンで武装解除の指揮を執るというような場面で本当の戦争と向き合ってきた人なのだ。
 その伊勢崎氏が二〇一二年一月に五日間にわたって福島県立福島高等学校の二年生に語った「授業」がもとになっている。五日間の授業が1章から5章までの章立てになっているらしい。
 1章は「もしもビンラディンが新宿歌舞伎町で殺害されたとしたら」という刺激的なタイトルがついている。ご存じのようにビンラディンはパキスタンで米軍に殺害された。パキスタンはアメリカの戦場ではない。独立した一個の国家だ。だからパキスタンを歌舞伎町と置き換えても天神と置き換えても同じことなんだということをまずは知るべきだね。その上でアメリカに論理は「テロリスト」の人権は考慮しないということなんだと。そしてすごいのはこれを言い換えると〈人間を,その人権を考えずに殺すには「テロリスト」と呼べばいいのです。(92頁)〉ということなんだって。こういう乱暴な論理が本当の戦争なんだな。
 2章は「戦争はすべてセキュリタリゼーションで起きる」という題だ。セキュリタリゼーションというのは「このままじゃたいへんなことになるぞ」という危機感を煽ります。その危機によって失われるかもしれない、だから護らなければならないと思われる者を「推定犠牲」と言い、それを宣伝する仕掛け人がいて、それに煽られた、つまりセキュリタイズされた聴衆が戦争をやっちゃうという理論だ。それに対して「まあまあ、」と冷静になって戦争をしなくても解決できる道を探るのが脱セキュリタリゼーションで、そのことによって戦争は回避できるし、そういう力をつけないかんのだという。まさに平和教育というのはかくあるべきだね。
 3章は「もしも自衛隊が海外で民間人を殺してしまったら」と,これまた危なっかしいタイトルだ。月村了衛『土漠の花』(幻冬舎 一六〇〇円+税)という小説を読んだだろうか。ソマリアあたりに加勢に行っている陸上自衛隊がちょっとした手違いで現地で戦闘に巻き込まれてしまうというストーリーの小説だ。まさに今の問題を描いていて面白いし、現在はそういうリアリティが満ちあふれている。まだ読んでない方にはお薦めだね。エンターテイメントとして面白いぜ。
 話はそれたが、それは絵空事ではなくて現実の問題になりつつある。そのことが・・・あれれ、内容を書いちゃったら、読んではくれないからこの辺で留め置くとして、本当の戦争はどっちが正義ということではない。戦争はしない方がいいに決まっているのだ。そして戦争に対するブレーキは「人権」という原則論なんだと伊勢崎氏は言う。そう、そしてこの「原則論」を言う勢力が弱すぎると伊勢崎氏は警鐘を鳴らしているのだ。
 机上の戦争の銀ではなく、そろそろ本当の戦争の話をする時代になってきた。そして戦争を回避する知恵を僕たちは持たなくちゃいけないんだ。

 

☆☆☆☆ もうすぐ戦争の準備が整いそうだ。本当の戦争についてきちんと知ること、そしてどうやって本当の戦争を避けることができるか。それがこれからの平和教育でなければならない。だけど実は政治家に読んでもらいたいね。
 そうそう、伊勢崎さんはかつて東ティモールの知事時代に小泉首相(当時)と離したことがあるそうだ。後方支援で自衛隊を送ろうか、という小泉さんに,彼は言ったそうだ。自衛隊の軍事的ニーズはない。でも来たら自衛隊に犠牲者は必ず出るので、遺体を大切につれて帰れるような配慮をしてくれって。これって第二次世界大戦でも反省しなくてはいけない問題だったよね。何しろ遺骨を置いて来ちゃったんだから。 
posted by ウィンズ at 15:13| 福岡 ☁| Comment(0) | 戦争と平和 | 更新情報をチェックする

中川聰監修・日経デザイン編『ユニバーサルデザインの教科書 増補改訂版』日経BP社 三〇〇〇円+税



 バリアフリーという言葉は知っているだろう。障害の壁(バリア)をなくしていこうという考え方だ。ちょっと前だが、うちの爺さんが脳梗塞で左半身が麻痺してしまった。それまで元気にバリバリ働いていた人だったのでよほどショックだったのだろう。
「もう俺もおしまいだ。一人前には働けねぇ」とぼやいていた。それまでは障害のある人などにはけっこう無神経な発言なんかもしていた爺さんだったが、自分が障害者になってしまったもので、落ち込んでしまったんだな。
 ところが、それから数ヶ月して訪ねてみたらすっかり元気を回復していた。
「おう、これからはな、バリアフリーだぜ」
 どうやら家の大改修をしたというのだ。なるほど玄関先には手すりが設置されていた。タクシーを降りたところからそれにすがれば家にたどり着けるというわけだ。玄関前の階段もなくなってスロープになっていた。家に入るとその手すりは至る所に設置されている。部屋と部屋の境目にあった小さなでこぼこもなくなって家中の床が真っ平らになっていた。
「茶でも淹れよう」
「あ、僕がやるよ」
「けっ、茶くらい淹れられるよ」
 爺さんは卓上のポットから急須に湯を注いだ。
「こいつは便利だぜ」
 その急須は初めて見るもので把(は)(取っ手の部分)がやたらと大きい。
「こいつは持ちやすくてね、わしは右利きだから脳梗塞の後遺症で左がダメになってもなんとかできるんだが、それでも片方が動かないというのはバランスが悪いもんだ。その点こいつは安心して持てるというものよ」
 思わず関心して爺さんの手先を見ていた。注がれる先の湯飲みもドデンと重心が低いカップだった。そしてやはりハンドル(持つところ)が大きく指が四本は入りそうな形状である。
「隣の婆さんはなその右手を捻挫してだな、えらい難儀しておった。で、な。こいつを教えてやったら、それはそれは大喜びでよ、ほら、これがその礼にもろうた糠漬けじゃ。茶請けによかろう。」
「年寄りに便利な時代になったんかいね」
と適当に相づちを打ったら、ムッとした声が返ってきた。
「なんや、知らんのか。ユニバーサルデザインというてな、年寄りや障害者だけのものじゃないとよ。誰でも公平に使えるという原則がある」
「へぇぇ」
「世の中にはいろんな人がいるからな。たとえばおまえさんは外国に行ったことがあるだろう?」
「ああ、もちろん」
「外国でトイレを探すときはどうしてるね?」
「・・・・」
「字のわからない国の場合なんかどうね、タイとか、ラオスとか」
「ああ、あれは困るな。台湾で往生した」
「台湾は問題なかろう、漢字圏だし」
「いや、その漢字が読めなかったのさ、何やら難しい漢字でね」
「おお、舊字軆というやつだな。それで臺灣とでも書いてあったんだろう」
「そうだよ」
「あああ、情けねぇ。そんな程度の字も読めないのかいい年をしてよ、まあいい、そういうときにはどうすんだ?」
「こういうマークを探すよ」





「それさ、字が読めなくてもそれでわかる。そのマークがあれば非識字者ばかりでなく外国人や子どもにもわかりやすい。わしは足にマヒが来たもんだから階段がダメになってな、最近はエレベーターばっかり使うとる。だけど、疲れたときはおまえさんも使うだろう」
「ああ、そうだね」
「それにだ。階を示すボタンね。近頃は低いところにもボタンがついているだろう?」
「車椅子用のだね」
「いやちがう。荷物を両手に持っているときなんか手が挙がらないからあのボタンを使うんじゃないのか」
「そういえばそうだ」
「つまり、誰でも便利ということなのだよ。それがユニバーサルデザインというものなのだ」
「へぇぇ、そうなんだ」
「これからの世の中はよ、何でもユニバーサルデザインで作られることになるだろうよ。パソコンだってキーボードが苦手な人でもタッチパネルでいけるだろう。〈障害のある人が使えるために〉ではなく〈誰でも平等に使えるために〉という発想の転換をしなくちゃいかんのだな」
「そういえば僕の学校も障害を持った子をどうするかとか、外国人の子どもにどう対応するかという議論をしてたけど,発想の転換をする必要があるね」
「そうよ、それにはきちんとしたやり方がある。こいつをやるから基礎から勉強するんだな」
 爺さんは真四角でちょいと重たい本を本棚から出すと僕にほうった。
『ユニバーサルデザインの教科書 増補改訂版』というタイトルの本だった。ぱらぱらとめくると資料編、基礎編、実践編、応用編からなっていて、端に色がついているからすぐにそこを開ける。まずは冒頭の資料編を見る。一覧表が載っていた。PPP(Product Performance Program)とある。どうやらユニバーサルデザインのガイドラインらしい。これを見ると爺さん言いたかったことがよくわかる。
「ちょいと勉強させてもらうわ、ありがとう」
 そう言って僕はそそくさと席を立つことにした。学校をUD化しようという野望を抱えて。


☆☆☆☆ 何しろ教科書と銘打ってあるだけにユニバーサルデザインの技法が丁寧に描かれている。これからはUDだ。
 
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眞嶋亜有『「肌色」の憂鬱 近代日本の人種体験』中央公論新社 二三〇〇円+税



 ヘイトスピーチが特定の民族に対する憎悪に基づくものならば、その根底にはレイシズムというものが存在している。そして、そのレイシズムはもとより白人社会においては有色人種とされるわれわれに向かっているものなのであった。しかし、現在ではアンチ・レイシズムを標榜する団体に言わせれば肌の色や民族、家系など「あらゆる出生による属性を対象とした差別」(People's Front of Anti Racismのホームページ)を指すものらしい。その意味ではいわゆる人種差別のみならず、在日コリアンに対するヘイト・スピーチも、部落差別もレイシズムという括りに入るものだと考えていいようだ。
 しかし、われわれ日本人の心性にとって微妙なのは西洋人に対する身体的コンプレックスという問題だ。日本が明治維新を経てアジアの大国たらんとした時に出会ったのは肌の色であったのではないか。
 内村鑑三という人を知っているだろう。『余は如何にして基督信徒となりし乎』、『代表的日本人』(いずれも岩波文庫にあり)などの著作がある近代日本の思想家である。本書ではまず内村が引き合いに出される。読者諸氏も手元のパソコンで「内村鑑三」を検索してみるといい。そこでヒットする彼の肖像はみな日本人離れした風貌であることを確認するにちがいない。
 それは内村にとってはかなり自覚的な行為だったというのだ。日本の近代はそのような意識によって始まったのかもしれない。肌の色、背の高さといったいわば人種的な特徴を織り込んだ複雑な心性が歴史の中で醸成され、日本人の世界認識を形成していったとも考えられる。
 例えば夏目漱石。彼は内村のように背は高くなかった。彼はロンドンに留学した体験を持つが、彼にとってその留学生活は相当に不愉快で惨めな体験をした日々であったと言われる。それは世界の一等国に成り上がったはずの日本の不安そのものであったという。さらには日本が日独伊の三国同盟を結んだことも、人種という大きな矛盾を抱え込んでいたのである。なにしろナチという史上最悪のレイシストと彼らが侮蔑してやまない「黄色人種」の日本人が同盟を結んだのであるから。尤も、現代でもナチにあこがれ、ヒトラーに共感する日本人がいるらしいが、その人たちは自分が白人社会で差別される存在であることを知っているのだろうか。
 一方で、欧米社会では如何に同じ黄色人種である中国人とちがうかを強調しなければならず、そのような屈折した経験を日本のから留学したエリートたちは西洋と接触するたびに体験していたのである。
 そして最終的にその差を見せつけたのが戦後直後の天皇とマッカーサーとの会見写真であろう。この有名な写真は日本国民に敗戦という現実を物理的に示してくれたものであったと言ってもよいだろう。
 本書はハーバード大学ライシャワー日本研究所に籍を置く若い研究者によって書かれた著作である。アジアでいち早く近代化を推し進め、西洋の強国、大国と肩を並べようして無理をした日本人の、そしてその返す刀でアジアの人々を差別してきた日本人の倒錯したレイシズムの構造が垣間見えてくるのである。
 われわれは単に「差別はいけない」という以前に差別の背後にある「肌の色」とその歴史を読み解く必要があるだろう。まさしく近代日本人にとって、西洋化を目指すには「肌色」は憂鬱以外のなにものでもなかっただろう。それは今でも続いているのではないだろうか。その裏返しの心性が日本におけるレイシズムとして朝鮮学校の襲撃やら、ヘイトスピーチやらに反映しているとすれば、この本は絶対に読んでおかなければならないだろう。民族差別、人種差別(肌の色差別)の愚かさを一口に言うのは簡単だが、それはかなり屈折した歴史に依って作られてきたのだということが、何ともおもしろい。われわれがレイシストであることじたいが滑稽なのだと理解したいものだ。

☆☆☆☆ ラドヤード・キプリング、エルヴィン・ベルツ、ジョルジュ・ヴィゴー、ラフカディオ・ハーンといった近代史における親日家をご存知だろうか。彼らは日本人並みの身長であったらしく、それが彼らにとってそれなりに意味があったということも書いてあった。いやはや人間はフクザツなものだ。
posted by ウィンズ at 15:07| 福岡 ☁| Comment(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする

中村一成『ルポ 京都朝鮮学校襲撃事件 〈ヘイトクライム〉に抗して』岩波書店 一八〇〇円+税


 過去にどんな理由があれ、現在どういう理由があれ、人間がその場所に住んでいるということは誰からも非難されるべきことではない。われわれもまたこの国を離れ、異国で暮らすことがあるかもしれないし、われわれの子孫がそうなる可能性も多々あるだろう。実際、日系人と呼ばれる日本人の血を引く人たちは世界の各地に住み着き、そこでコミュニティを作って暮らしている場合もあるし、異国の社会の中に溶け込んで暮らしている人もある。そうした同胞がどのようにその社会で受け入れられているかどうかは気になるところである。外国に行ったことのある人ならば自分がそこではマイノリティ、つまりは少数派であることを実感したことがあるにちがいない。もし、日本人である、ないしは日本人の血を引いているからといって罵詈雑言を浴びせられたとしたらどのような思いをするであろうか。それはちょっとした想像力の問題である。
 日本において在日コリアンの存在は大きい。歴史的経緯はさておき、彼らはすでに日本社会の一部を構成していることはまちがいない。そしてこの国で在日コリアンに生まれるということも、もはや本人の意思を超えて一つの運命に過ぎないことなのである。私たちが何処でどういう条件のもとで生まれ、育つかは本人の責任ではまったくないのである。そうであるにもかかわらず在日であるからといって譏りを受けるのは理不尽以外のなにものでもないであろう。同時にそのことだけで在日の人たちを誹謗する人たちもなんとも哀れな人たちではないだろうか。
 それはさておき、突然子どもたちが通っている学校に居丈高な連中が街宣車で押し寄せ、理不尽な誹謗中傷、罵詈雑言の類いを投げつけ、暴力的な振る舞いを見せつけ、徒党を組んで威圧的な示威行為をしたとすれば、私たちはどうすればいいのだろうか。マジョリティ(多数派)の側にいれば、自分の問題ではないから同情以上のものを引き出すことはできないかもしれない。しかし、少し想像力を働かせれば、自分が異国で少数派として罵られることがどんなに楽しくないことかはわかるだろう。それがわからないのならば、本書を読むといい。
 二〇〇九年十二月四日午後、突如「在日特権を許さない市民の会(在特会)」と「主権回復を目指す会(主権会)」という人たちが京都朝鮮第一初級学校を襲撃した。本書はこの京都朝鮮学校襲撃事件を徹底的に取材したルポルタージュだ。
 この国のマイノリティとして、この国のマジョリティとたたかうことの難しさが描かれていく。マイノリティであるということは警察や行政が決して味方にはなってくれないことを意味する。彼らは中立公正という立場に逃げ込み、弱者を守るというスタンスには決して立たない。
 裁判の結果にかかわらず着実にヘイトクライムを遂行した連中の要求は具体的にかなっていくのである。ヘイトスピーチは表現の自由の名のもとに黙認され、それまで使用していた公園からは排除されるようになり、関係者は疲れ果て、ついに学校は閉鎖・移転という結末を迎えたのである。マイノリティにとっては法律も権利も言動も何一つとっても平等ではないことがわかってくるのである。
 その意味で、是非ともマイノリティの立場で問題を受け止めることの意味を本書から酌み取って欲しい。

☆☆☆☆ この国が人間らしい生活をすることができる国ならば、きっと子どもたちはこの国を好きになるだろう。しかし、人間が人間を侮蔑し、罵り、人間の尊厳はおろか存在すら否定するような暴言を公然と叩きつけるということが行われ、そのような行為が黙認されるとすれば、それはあまりに悲しいことであるし、そのようなことがまかり通る国を好きになることなどできないだろう。その意味ではこの事件を引き起こした人たちはこの国の恥だと言ってもいい。しかし、彼らはこの国の法律に守られて彼らは今日もヘイトスピーチを吐き続けているのである。

posted by ウィンズ at 15:05| 福岡 ☁| Comment(0) | 教育及び教育問題 | 更新情報をチェックする

南野森+内山奈月『憲法主義』PHP研究所 一二〇〇円+税

南野森+内山奈月『憲法主義』PHP研究所 一二〇〇円+税

 お堅い名前の本だけど、憲法が変わるかもしれない今日この頃、日本国憲法とはどういうものかという知識ぐらいは知っておきたいものよね。おそらく憲法改正に賛成する人も反対する人も、議論の前に〈憲法とは何か〉というキホンは知っておいた方がいいと思うわ。九条がどうこういうのが憲法問題じゃなくて、もっと深刻な問題が起きるような気がしてしかたないのね、あたしは。
 にしてもよ、南野センセイって九大の憲法学のセンセイでしょ。あたしは知っている。けっこうイケメンのセンセイよね。えっ!ちがうの?あれは、あっそうよ、この人(いま慌てて本をめくってご尊顔を確認)でまちがいないわ。いつもはネクタイなんかしてないからちょっと別人に見えるけど、ほら、イケメンじゃない。
 でもね、共著になっている内山奈月ってのはあたし知らない。で、誰かと思ったら、なんとAKB48のメンバーなんだって。へぇぇぇ、だね。あんなチャラチャラしたアキバ系のタレントなんて関心ないからね、あたしは。なにしろ教育一筋のカタブツなんだから。
 にしてもよ、なんでAKBのタレントが憲法なのかしら。って、ぱらぱらページをめくると、あらら…この娘日本国憲法をそらんじて言えるんだって。まあ、若いんだから、暗記くらいできるわよね。昔、インスタント・ラーメンの名前を全部言える芸人がいたけど、あんなもんかしらね。
 という偏見でもって、読み始めましょうか。この本は南野センセイが内田奈月ちゃんに講義をするという形で書かれているのね。まずは目次を見ましょう。「第1講 憲法とは何か?」、そうね、順当なところね。憲法ってどういうものだか、実は知らない人がけっこういるのよ。いちばん大切な法律だとか。法律の親玉だとかいう程度の理解しかしてない人って多いからね。そして「第2講 人権と立憲主義」、そうそう人権は憲法で決めてあるんだったわ。れれれ、「第3講 国民主権と選挙」、そうよ、これが近頃の若者にはわかってないのよね。それで「第4講 内閣と違憲審査制」、うーん、違憲判決とかいうやつね。そして最後が「第5講 憲法の変化と未来」か、9条とか集団的自衛権なんかが書いてあるのね。
 うん、読んでみるとすごくわかりやすい。この講義をしたときは内山奈月さんはまだ高校生なんだ。その高校生に大学の憲法のセンセイが講義するんだけど、この内山さん、高校生とはいえ賢い。南野センセイの質問にきっちり答えているし、それも的確ぅ!あたし見直したわ。そして南野センセイの講義もわかりやすい。て言うか、講義というより授業してんのね。二人で対話しながら憲法について理解を深めていく感じ。なんか一緒にあたしも授業に参加しているみたいで楽しいし、けっこう質の高い憲法の知識がすっと頭に入ってくるわ。これって南野センセイのワザもあるけど、奈月さんの受け答えがいいから、授業が成立するのね。彼女賢い!好きになっちゃった。
 それと講義のあとの奈月さんのレポートっていうの?あれがよくできていてこっちも勉強になるわ。あっという間に読んじゃったけど、憲法についてはしっかり勉強した感じ。ていうか大学で学ぶ程度の憲法学の素養は身についたって気がする。絶対にお薦めね。

☆☆☆☆ これって大学生はもちろん、中学生や高校生の教材にもいいかもしれない。それより、教員自身がきっちりこの本で勉強して、憲法について学ばなくっちゃ。だって人権の基本なんだものね。


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ヨーコ・カワシマ・ワトキンズ著『竹林はるか遠く』ハート出版 一五〇〇円+税



 戦争体験というのはだんだん希薄化してきます。それはそうです、戦後七〇年近く経ったのですから。あれから七〇年近く戦争をしていないこの国の人々の記憶にはもう戦争体験は残っていませんよね。確かに私たちは平和教育を通して日本のアジア侵略や広島・長崎の原爆や、沖縄戦や、空襲などについて学んできたし、教えてきたのだと思います。でも私たちにとって、戦争はだんだん遠い昔のものになっていきます。子どもたちにとってはなおさらでしょう。だけど、現在も世界中のあちこちが戦争状態になっているのです。いったん戦争になったらそれがどんなに残酷なものであるのかということを私たちは知っておかなくちゃなりませぬ。そのためにはもっとたくさんの戦争の恐ろしさ、哀しさ、酷さを知っておくことが必要でしょう。もうすぐこの国は戦争を始めるかもしれません。その時に後悔しないように私たちは戦争、というより国際紛争が私たち自身の身にもたらすであろう災厄について知っておいた方がいいだろうと思います。
 戦争は土地と利権の奪い合いです。いくらきれい事を言ってもそうであることにちがいはありません。戦争によって他の国の土地を自分の国のものにして、そこに国民を住まわせ、その土地が他国に取り戻されれば住みついた国民はたちまち難民と化していくことになります。そういう難民が世界中にあふれかえっているのまちがいなく現在の世界の実状です。
 難民という人たちの存在は遠い国のことのように思っているのかもしれませんが、震災のような自然災害で一時的に住む家を奪われる人たちがいることは私たち日本に住む人間には現実的に自分たちの周辺で起きていることですから、理解はできるのかもしれません。それでも震災の被害から立ち直れない人々がまだ数多く残されていることに思いをいたすならば、幾分かの想像はつくのかもしれません。
 だけど、です。戦争は相手の国があることで成り立ちます。そして戦争は軍隊と軍隊との間で行われるものです。軍隊はそれぞれの国民を護るために存在するはずなのです。ところが、戦争が終わったあとには軍隊はありません。
 戦争と侵略は国境線のせめぎあいであり、戦局が転換すれば、そこは住む権利を失ってしまう場所になってしまいます。満洲、朝鮮半島、台湾・・・・・、敗戦までに日本が占領していた地域に多くの日本人が暮らしていました。その土地にそれぞれの事情で棲み着くようになり、またその土地で生をうけた人々も多かったと思います。戦争が終わったあと、この人たちにはなにが起こったのでしょう。
 夜の明けの空の轟音ソ連軍の艦砲射撃は耳をつんざく       寺澤小雪子
 「すみやかにもと居た街に戻りなさい」マイクを通す日本語流暢
(『北限』87 二〇〇七年十一月)
 散りぢりの家族の安否思ひつつ行く先不明の夜の避難路 寺澤小雪子
 樺太の思ひ出抱き乗船す心残りは波間に消えず
(『北限』75 二〇〇五年十一月)
 この方はおそらくは樺太で終戦を迎え、そして引き揚げてきた人なのでしょうか。その記憶を六〇年を過ぎてから歌に詠んでいるのです。しばしば思い出したように。おそらくは誰も護ってくれないという恐怖が身に染みついたのでないかと思います。
 本書は一九四五年という年に朝鮮北部羅南に住んでいた一人の少女擁子の旧植民地朝鮮からの脱出の記録なのです。その年の七月二十九日にこの脱出の物語は始まります。擁子は母と姉の女三人で脱出の途につくのです。父や兄と一緒に逃げることはできませんでした。突然の脱出行に家族を待つ時間はなかったのです。着の身着のままに日本へ日本へと逃げていく彼女たちをさまざまな試煉が襲います。国家に護られないということがどんなに心細いことか。擁子たちは必死の思いで日本に辿り着きますが、そこでもまた試煉が待っていたのです。一方、擁子の兄もまた、一人で日本をめざしていました。兄もまた生命の危機にさらされながら、単独で日本へ帰ろうとするのです。
 この脱出はさまざまな問題を含んでいます。それまで生活していた土地が他国のものになる。いや、もとい他国の土地に住んでいたのですから、他国に取り戻された土地であり、そこにソ連軍のような新しい武装権力が侵入してくるわけですから、状況は単純ではありません。暴力そのものに正義も悪も色づけはできません。暴力は受ける側からすればそれは恐怖以外の何者でもありません。そしてそれが戦争であり、その戦争が突然攻守逆転したようなものです。そこでは暴力に乗ずる人間、それはかつての日本人の姿であったことでしょう。そして暴力を嫌悪し、暴力から護ってくれる人たちも出てきます。もちろんかつての日本人にもやさしい心を持った人はいたはずです。そういう個々人のやさしさに救われて生還することはできたのですが、そうした出会いのなかった人は無惨な結末を迎えたのだろうと思います。
 戦争という極限状況の中で生き延びた人間の恐怖を思えば、戦争はそれ自体が悪だと言えるでしょう。それはまちがいありません。この本をどう読むのかはみなさんそれぞれの問題ですが、こういうことがあったということは絶対に知っておかなければならないことだと思います。
 著者は後にアメリカ人と結婚し、米国に住んでいます。そんなこともあって、本書は英語で書かれ、アメリカの中学生のための副読本として読まれたと言います。アメリカの中学生がこの本からなにを学んだのかはわかりませんが、日本の中学生がこの本から学ぶことは多いと思います。
 ところで同じハート出版から、清水徹『忘却のための記憶―1945~1946恐怖の朝鮮半島』(一六〇〇円+税)という本も出ています。こちらは当時羅南中学の生徒だった少年の脱出の記録です。全く同じ地域から逃げ出してきた人の記録ですから、併せて読むとますます戦後の引き揚げのすさまじさがわかることでしょう。


☆☆☆☆ 戦争には始めがあれば終わりもあります。そして戦後もあります。戦争の悲劇はどの場面にもついて回ります。それはいつの時代だって変わりません。そして今も世界のあちこちで同じことが繰り返され、また日本もそうならない保証はありません。そうならないために私たちには何ができるのでしょうか。



posted by ウィンズ at 14:56| 福岡 ☁| Comment(0) | 戦争と平和 | 更新情報をチェックする