2012年01月21日

団鬼六/黒岩由紀子『手術は、しません-父と娘の「ガン闘病」450日』新潮社

しばらく前になるが、母が長い闘病生活の末に亡くなりました。ちょうど年の瀬も迫った十二月のことだったと思います。田舎の妹から連絡があり、嚥下障害がきびしくなったので、胃に穴を空けて直接流動食を流し込むことにしたと言うのです。少しずつ弱っていく母ではありましたが、苺が好きなので、「春になったら福岡の苺を持って行ってあげるね」と言うとうれしそうな顔をして、「ああ、楽しみにしているよ。それまでは死ぬわけにはいかないね。」と笑っていたのはほんの一ヶ月前くらいのことでした。だから、その連絡は私にとってはかなりショックだったのです。医師の話ですと、「再び口から食べられるようになる人もいます。」ということでした。そのニュアンスの微妙なこと。医師は決して嘘はつかない。そしてその言葉に嘘はない。確かに嘘ではないのです。そして母が再び食べられるようになるとはひとことも言いませんでした。これも医師としては正しい判断なのでしょう。そしてその時の妹にはなにかを判断することはできなかったのです。

生き方を選べぬ老母の生き方は医師のルールで決められていく   休呆

 年が明けて田舎に帰り、病院に母を見舞いました。母はベッドの上に寝たきりになり、時間になると流動食の入った袋を看護師さんが点滴の器具にぶら下げ、胃に繋がったチューブとドッキングさせてくれる。それが母の食事でした。
 私が来たことを知ると母はまなざしで顔を寄せるようにと合図を送ってきました。母の口元に耳を近づけるとかすかな声で母が言ったのです。
「苺が食べたい。春にあんたが持ってきてくれた苺がおいしかった。あれをまた食べたいよ。あの苺を食べられたらきっと元気になるような気がするよ。」
 母がもう口から食物を摂取できないことはわかっていましたけど、私は嘘をつくしかありませんでした。
「もうすぐ春になるから、そうしたら苺を持ってくるね。それまでに苺を食べられるように元気になろうね。」
 しかし、春が来ても母は回復せず、流動食にしてから半年後母は亡くなりました。半年の間、苺を口にする夢だけを見続けて。叶うはずのない夢を追わせることってすごく残酷なことなのではないでしょうか。食べたいものが食べられず、ベッドの上から降りられず、命が消えるその日まで生き続けなくてはならない。「生きる」っていったい何なんでしょう。おそらく時が来れば私もそんな場面に向き合わざるを得なくなるのかもしれません。その時、自分で自分の生き方(=死に方)を選べるだろうとしたら、どうするだろうか。もしそれすら選べないときには・・・
 と言うことで、この本の著者である団鬼六は知る人ぞ知る大作家。知らない人には一生知らなくてよい大作家。あなたは知っているかなあ。その出世作は『花と蛇』。斯界では名作中の名作とも言われ、『花と蛇』に始まり、『花と蛇』に尽きるとも評価されているらしい。よくわからないけど。たぶん、このコーナーで紹介されるべき本ではないでしょうね、きっと(『花と蛇』〈1~10〉幻冬舎アウトロー文庫 各六八〇円)。
 団鬼六は七十八歳にして食道癌と診断されました。そして、その日からおかしな闘病生活が始まるのです。この本は団鬼六が「残日録」と題して『小説新潮』に二〇一〇年五月号、八月号、十二月号に掲載した文章と、その最後の四五〇日間をつきあった娘の黒岩由紀子さんの文章とが掛け合い漫才風に編成されています。そして娘さんの父親と父親の死に対する向き合い方がすごい。
 なにしろ「残日録」と名づけるくらいですから団鬼六は死を意識してこの文章を書いていたことが想像できます。団鬼六は慢性腎不全を抱えていてそれまで三年ほど透析を続けていました。透析を受けながらも彼は銀座や新宿で夜遊びをし、何かあればパーティを開き、酒は呑み、煙草は吸い、という生活を続けていたのです。
 その団鬼六が癌宣告の後どうしたと思いますか。まず手術を拒否したのです。彼は子供たちに言います。
〈親を無理矢理長生きさせることを、親孝行だと思うな〉
 うーん、食べたいものも食べさせず、半年ものあいだ母親をベッドの上で生かし続けた私にはずしーんと来るひとことです。そして団鬼六はそれまでと変わらず、夜遊びをし、透析と癌の治療のための通院と執筆活動を続けるのです。そして亡くなる直前にはなんとうな重まで食べてしまうというすごい生き方=死に方を見せてくれたのです。
 生きるとはどういうことなのでしょうか。それは誰にもきっとわからないだろうと思います。わからないからそれぞれの思いで生と死とに向き合います。身内の者は愛する人に一日でも長く生きていてもらいたいと願い、医師はあらゆる技術をもって患者を一日でも長く生かそうとし、その願いに応えようとします。当の本人はその時どう考えたらいいのでしょうか。もし、考えを述べるチャンスがあったら私はどういう死に方を選んだらいいのでしょうか。この本を読んで少し前へ進んだような気がします。


☆☆☆☆ この本は団鬼六という異色の人物の闘病記なのではありません。また、団鬼六がSだとかMだとかいうこととも関係ありません。人権の基本にある〈命〉〈生〉というものを建前でなく,本音で考えるために読んでみませんか。
 
posted by ウィンズ at 18:20| 福岡 ☁| Comment(0) | 人権問題 | 更新情報をチェックする

新谷恭明『なぜ中学生は煙草を吸ってはいけないの』福岡県人権研究所

 十一月三〇日は書評の締切なんだけれど、なかなかいい本が見つからない。ていうか、このところこの欄にふさわしい本を読むのをサボっていたということもあり、ぐずぐずしているうちに締切が来ちゃった。なので、県同教への道が遠い。実に遠い。足取りも重い。なもんで、途中で寄り道してコーヒーの一杯でもいただこうかと福岡県人権研究所に立ち寄った。お、そしたら、なんか新しい本がどっと積み上げられているではないか。
「何か新刊でたの?」
「あら、新谷センセイのブックレットよ」
「え?そんなの企画してたんだ」
 これは天恵だ。締切ギリギリになってようやくネタと出会えたか。
「ちょっと見ていい?」
 と言いながら僕はすでに一冊手に取っていた。
「なになに、『なぜ、中学生は煙草を吸ってはいけないの』というのか。『さおだけ屋はなぜ潰れないのか』(光文社新書 七三五円)のパクリみたいだな」
 とつぶやくときつい言葉が返ってきた。
「パクリじゃないわよ。中にそういう章があるんだから」
「へぇ、そうかい」
 表紙は教室の写真に縦書きのラフな字体。なかなかいい感じだ。表紙を開いてみる。
「おや?」
 中表紙にはタイトルが書かれた黒板の写真。あれ、この字は見たことがあるぞ。まあいい。目次を開けてみる。おお、確かに「三 なぜ、中学生は煙草を吸ってはいけないの」とある。あとの章もどこかで見たことがあるなあ。おっ、最後の頁に「初出一覧」があって、なるほど、「羅針盤」に載ってた文章が多い。「羅針盤」ってほら、県同教の機関紙『かいほう』の最後の頁に載っているやつ。あとは『ウィンズ』に載っけてた文章か。あ、書き下ろしもあるんだ。まあ、一口で言うと新谷センセイのあの名著『学校は軍隊に似ている』(海鳥社 一二〇〇円+税)の続編なんだ。これはいい。
 もう一度最初に戻る。目次の次に、あ、やはり短歌があった。
 『学校は軍隊に似ている』では〈学校といふ旧き檻あり囚はれの子らは十二年の刑期に耐へて 休呆〉という短歌が載っていた。今度はどんなのかな,というと、こんなのであった。

日の暮れた街に子どもの居ることの罪なりし日を懐かしみをり 休呆

 ほほう、確かに昔は日が暮れたら子どもは家に帰らなくちゃいかんやった。夜に子どもだけで出歩くのは学校で禁じられていたのに、今では塾やらがあるせいか、ガキどもが盛り場をうろついちょる。あれは何とかならんのか、と思ってからずいぶんたつし。今じゃあたりまえの光景だもんなあ。
 ぱらぱらと中身をめくってみる。おや、写真があった。あれれ、「羅針盤」とはちょっとちがうかもしれない。なるほどだいぶ書き加えたところもあるんだ。この本、「わがまま書評」で紹介してしまおう。
 まずは「はじめに」を見てみる。これはたぶん「羅針盤」には書いてないはずだ。へぇぇ、スカンジナビア航空のことから書いてあるぞ。なるほど常識と偏見か。そして、うむ、最近の差別発言事件のことも書いてあるな。「はじめに」がおもしろいや。
 で、本文。最初は「一 通信簿の愉しみ」か。この「愉」という字がいいやね。教師のサディスティックな喜びが滲み出てくる。で「二 通信簿は怪しい」が書き下ろしか。ふむふむ、『学校は軍隊に似ている』もそうだったけど、「羅針盤」の連載もこうやってまとめてみるとおもしろいもんだ。
 あれ?北原白秋の短歌が載っている。「八 あゝ日本の児童は入学の当初から呪われている」だ。確か「羅針盤」の時にはなかったよな。

君かへす朝の舖石さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ

 名作だよな。おや、それに並べて〈駅までの君を見送る暗き道しんみり泣かす冬の雨かな〉というのが載っている。(新谷休呆『林檎の感触』)とある。これは新谷センセイと関係あるのかな。そう言えば巻頭の歌も「休呆」とあったし。
 とりあえず、こいつを一冊いただくことにした。何しろできたてのほやほやだ。今回の書評はこれにしよう。副題に「学校文化史の言い分」とあるから、学校を文化史的に見ていくと学校の持っている本質的な問題が見えるということなんだろうな。しかも、「羅針盤」からさらに内容は充実して深められている。こいつで理論武装すればこわいものなし。これを一冊読めば、酒場で知ったかぶりができる。この本を一冊教室に置いておけば子どもたちの学習意欲は急上昇するね、たぶん。いや、もしかすると。
「税込みで一〇五〇円ね」
 僕はポケットから小銭を出して代金を支払った。その時机の上にかわいい新書版の本を見つけた。めくると中身は歌集であった。新谷休呆『林檎の感触』櫂歌書房 一二〇〇円、とある。
「これだ!ついに見つけたぞ」
 そしたら「相聞歌ばかりの歌集よ」と教えてくれた。そうかい、けど相聞歌って何だっけ。まあいい、著者の写真があった。知らない顔だ。そしてカバーの裏に見つけた。なんと「写真 新谷恭明」とあるではないか。新谷センセイはカメラマンだったのか。確かにすてきな写真が短歌の間を埋めている。
「こいつも買いだな」
 だけどここでは買えない。ネットで注文しよう。



☆☆☆☆ 待望の「羅針盤」発『学校は軍隊に似ている』の続編。今や福岡の学校で最も危険と言われている「羅針盤」シリーズ第二弾だ。言うまでもなく「買い」だ。今回は福岡県人権研究所「ブックレット菜の花⑯」として刊行されている。
posted by ウィンズ at 18:19| 福岡 ☁| Comment(0) | 教育史及び教育学 | 更新情報をチェックする

上原善広『私家版差別語辞典』新潮社 一二〇〇円+税

 だいぶ前のことだけど、「バカチョンカメラ」って言ったら、「それは差別語だよ」って丁寧に忠告されたことがあるんだわ。どうしてかって言うと「チョン」というのは朝鮮の「朝」のことで、在日韓国・朝鮮人を差別的に言う使い方なんだと諭されたのね。そして「バカもいけない。知的障害に対する差別的な表現だ」とも言われたわ。
「えーっ!」
 そんなこと考えたこともなかったあたしはずいぶんと困ったのよね。全自動式の操作簡便なカメラを「バカチョンカメラ」ではない言葉で言わなくてはならない。ずいぶん苦慮したんだけど、ちがう言葉で言い換えようとするたびに知的障害者や在日韓国・朝鮮人の人たちに対するこだわりのような意識だけが増幅していって、なんか以前より差別意識みたいな感覚が強くなっていったのね。
 で、さ。そういう言い換えって、自分が差別そのものと向き合ってないで言葉をごまかして逃げようとしているだけじゃないのかな、って思うようになった。関東育ちのあたしには「バカ」なんて言葉は喧嘩の時に使うフツーの罵倒語だったし、男にふられたときなんかに「バカだなあ」って呟く自嘲的な表現だったのに(あっ、藤圭子の『新宿の女』だ。あれは名曲でした。藤圭子が「バカだなあ、バカだなあ、だまされちゃあああって♪」って呟くように歌うたびに切ない女心が震えたものよ)、そんな的確な言葉を失ってしまっちゃうじゃないのさ。
 それでさ、もしかしたら、って思って調べてみると、ちがうんだよね。「バカ」は元は梵語で「愚」の意味。僧侶の隠語として使われていたものだという。だから「莫迦」が正しい。意味はまず「知能の働きがにぶいこと。また、そのさま。そのような人をもいう」であり、もうひとつの意味は「道理・常識からはずれていること」となる。かなり幅の広い語だから、単純に障害者差別の言葉だとは言えないわね。
 「チョン」はね、それこそ元の意味は朝鮮とは全く関係なく、朝鮮に対する蔑視の始まる近代以前からあった俗語で、「一人前以下であること」を指すのよ。『西洋道中膝栗毛』に「ばかだの、ちょんだの、野呂間だのと」と書かれているそうで、もとより他人を貶める言葉ではあるけれど誹謗中傷の言葉をなくすわけにはいかないよね。だってそしたら日本語で喧嘩ひとつできなくなってしまうものね。(以上、『大辞林』を参照)
 いずれにしても差別より先に存在した言葉であって、あとから登場した特定の差別行為とくっつく言葉だと勝手に誰かが言い出して流布したもののようなのね。それって逆に差別の拡散じゃないのかなあ。
 そんなところに小林健治『差別語不快語』(にんげん出版 一六〇〇円+税)を見つけた。小林氏は解放同盟中央本部で差別表現事件に取り組んできた人で、にんげん出版の代表なのね。で、これはウェブ連動式管理職検定02と位置づけられ、その企画・制作は人材育成技術研究所(代表辛淑玉)なのね。ちなみに01は香山リカの「メンタルヘルス」、03が「パワハラ・セクハラ」、04が「職場復帰支援」、05が「クレームコミュニケーション」、06が「人事とコンプライアンス」、07が「企業とCSR」というラインアップになっている。まあ、これからの管理職は人権問題に精通していなければならないということなんだろうかな。
 にしても、対策としての差別語みたいなのって、抵抗があるなあ、と思わないわけでもない。
 そんなふうに考えていたところでこの本みっけ。上原善広『私家版 差別語辞典』だ。こちらの問題意識は対策じゃあなくって、差別の本質に迫ろうというところにある。差別行為はどこかに人間の業(ごう)のようなところがあるんじゃないかな。だって、容姿で差別的な意識を持っていたからあたしはあのイケメンと一緒になったんだしね。だからさ、厳密に言えばあらゆる差別をなくしちゃったら人生はおもしろくないっしょ。
 とは言え、色恋は差別だ、って言えば異論はあるでしょうね。でも美人は得だしぃ。得だってことは差別があるってことじゃないのかな、なんてひがんだ言い方をしちゃえば、差別とは何かについても考え直さなくちゃならないときなのかもしれない。差別用語だってはじめから差別のためにあったわけじゃない。その差別用語の歴史みたいなものにまで迫ることができれば、差別語や差別表現という意味も変わってくるんじゃないかな。
 差別表現に対する糾弾がある種の差別語についての警告を広めたのだけれども、それが機械的な言葉狩りに堕してしまったわけでしょ。それをこの上原さん、正面からぶつかろうとしているのね。と言うより、上原さん自身、被差別部落の出身で、それを中上健次の言った「路地」という表現から語りはじめる。「路地」が正解なのではない。それは彼の好む表現であって、向き合うべきは……そ、あたしなのだ。
 で、さ。上原さんをめっちゃ気に入ったのでこそこそ探していたらね、上原善広『被差別の食卓』(新潮新書 六八〇円+税)をみっけ。「はじめに」にはさ、「『これが日本のソウルフードだ』という口上が店内に掲げられているモツ鍋屋が福岡にあることを知った。その口上の横には『解放の父』と呼ばれた福岡出身の活動家松本治一郎の写真が額に入れて並んでいた」ってあるのを見て、思わず叫んじゃった。あたいらがよく行くあの店じゃないのさ。あああ、モツ鍋が食べたくなったなあ……
 それで上原さんの取材の姿勢がすごい。世界中の被差別民のソウルフードを求めて体当たりで喰いまくるんだね。旨そうなものから、遠慮しときたいものまでいろいろあるけど、食を通じて差別というものとガッツリ向き合う意味で、これはお買い得の一冊だね。

☆☆☆☆ これが差別であれは差別じゃないなんてものはたぶんない。敢えて差別と向き合い、ナマの人間関係を作り上げていくことがだいじなんだと思う。その意味で上原善広に注目!ってとこかな。

春吉のふか川旨しもつ鍋のたましい煮込み自由を語る  休呆
posted by ウィンズ at 18:17| 福岡 ☁| Comment(0) | 人権問題 | 更新情報をチェックする